8へ10へ


職人街を歩き保存食などを買う。レイシェルは護身用の短剣を新しく欲しいと言った。今まで持っていたものが錆びで使い物にならなくなったからだ。剣を選ぶレイシェルの側に立ち、ロレウスは口を開く。
「私が守るから、もうレイシェルに武器は必要ない。」
ロレウスの言葉に小さくレイシェルは首を振った。
「今まで自分の身は自分で守ってきたし、剣を持っていないと落ち着かないんです。お守りのようなものだから。」
小振りで軽い短剣を選び、「決して使わない、持っているだけだから」と言うレイシェルの手を、ロレウスはそっと包む。
「決して使わせない。約束する。」
そっと頷いたレイシェルに微笑み短剣を購入する。大事そうに懐に短剣をしまうレイシェルを見つめながら鍛冶屋に戻る。預けた剣を引き取りロレウス達は港に向かって歩いて行った。町の南側が海に面していて客船や漁船、商船が数多く停泊している。旅客船は蒸気船が、漁船や商船は帆船が主流のようだ。ここも積荷を運ぶ船員や漁帰りの漁師達で賑わっていた。港で乗船券を買うと、ロレウス達は港の喧騒から離れた場所で海を見つめていた。
「魔界には海は無い。魔界に暮らす皆にもこの美しい海を見せてやりたい。」
西に沈んでいく太陽の光を受けてオレンジ色にきらめく海を見つめながら、ロレウスは言葉を続ける。
「幼い頃父に聞いた話では、この大地はもとから太陽に照らされ、海と草木に包まれた美しい大地だったそうだ。そこへ神の一族が降り立ち、動物など他の生物を生み出し命の循環をより活発なものにした。」
レイシェルは真剣な眼差しでロレウスの話に耳を傾ける。
「忌むべき命など存在しない。生きるもの全てを受け止める、それが有るべき大地の姿だ。父達が愛したこの美しい世界を、有るべき姿に戻すのが私の役目だと思っている。」
ロレウスはレイシェルに視線を移す。レイシェルの持つ力、特にロレウスが苦手とする治癒の魔法はこれからの旅の大きな助けとなるだろう。レイシェルの瞳の奥に時折浮かぶかすかな光。その光を、もっと確かなものにしてやりたい。レイシェルを何があっても危険や孤独から守らなくてならない。レイシェルの左右異なる色の瞳が、西日を受けて更に神秘的な色合いを増している。その瞳を見つめロレウスは口を開く。
「危険な旅になる。それでも私について来てくれるか?」
真っ直ぐにロレウスに注がれるレイシェルの視線には強い意志が現れていた。
「今までに何度も命を狙われて逃げてきていますから、危険な旅など慣れています。ロレウスについて行って、一族との戦いを助けます。」
ありがとうと呟きロレウスは微笑む。たった一人で魔界を背負うロレウス。魔界に生きる者達の希望を全て抱え生きる事は、恐らく希望を持たずに生きる事よりも遥かに辛い事だろうとレイシェルは考える。ロレウスの戦いの為に、自分にどれ程の事が出来るかわからない。それでも、守られるだけで新たな負担をロレウスに抱えさせるよりは、自分がロレウスの希望となりたい。レイシェルは強くそう思った。
暮れてゆく海を2人はしばらく無言で見つめていた。

8へ『誰がために陽光は射す』目次へ10へ