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「ああ、ミロトの気配は街を出てから感じた。それにあれはもっと敵意を持った気配だ。今もどこかで我らを見張っている。」
ロレウスは辺りを見回す。一般の人間のいる前で、神官が旅人の姿をしたロレウスを襲うわけにはいかないのだろう。人気がなくなった辺りで襲撃を仕掛けてくるかもしれない。警戒を強めながらロレウス達は歩き始めた。レイシェルはミロトの言葉を思い出す。「我々にはロレウス様がついている」と彼は言った。魔界の者達全員がロレウスに全幅の信頼を寄せ、地上への帰還をロレウスに託している事がわかる。イルの手綱を引くロレウスの横顔をレイシェルはそっと見つめた。ロレウスの放つ雰囲気には、全ての者を受け入れ安心させてくれる温かな強さがある。その強さは、幼い頃に父を失い、その遺志と力を継ぎ魔界の者達の命運を全て背負うと決めた悲壮なまでの決意からきているものではないだろうかとレイシェルは感じた。もう辛い思いは誰にもさせないと言うロレウスは、自分は強く在らなくてはならないと常に気を張っているようだった。包み込む温かさと、力ある者故の堂々とした振る舞いは、その肩に背負ったものの重みをロレウスが強く自覚している証なのだろう。思いを巡らせるレイシェルの視線を感じロレウスは振り返る。
「どうした? レイシェル。疲れたか?」
レイシェルはゆっくりとかぶりを振った。
「いえ、大丈夫です。」
「そうか。疲れたならいつでも言ってくれ。」
安堵したように微笑みそう言ったロレウスにレイシェルは頷く。恐らく、魔界の者達の命運を背負って生きる事が、ロレウスの生きる力となっているのだろうと感じた。
周囲を警戒し、いつでも戦闘に臨めるよう気を張ってロレウスは歩く。太陽は頂点を越えて西に傾いていた。街道からそれた木々の周りには旅人達の野営の跡があるのが見える。同じ道を通って旅する者の為に、「ここでは安全に夜を越せる」という事を示して行くのが旅人の暗黙のルールになっていた。それを見てとり、ロレウスはレイシェルに告げる。
「今夜はどこかで野営する事になるだろう。私とイルで見張りをするから安心して休んでくれ。」
レイシェルはゆっくりと頷いた。野営には慣れている。むしろ気を張り続けているロレウスとイルを休ませてあげたいと思ったが、ロレウスはそんな事を望まないだろう。それに街道からそれれば人目につかなくなる。尾行者が襲撃を仕掛けてくる可能性は高い。ロレウスの負担にならぬよう、自分も気を張っていなくてはとレイシェルは秘かに思った。一方、ロレウスは頷いたレイシェルに頷き返したが、レイシェルも自分と同様に警戒し気を張っているのがわかった。無理もない事だとロレウスは考える。ずっと1人で自分の身を守りながら生きてきたというレイシェルは常に警戒し神経を研ぎ澄ませてきたのだろう。頷いた表情から野営にも慣れている事がわかる。だが今は、気を張る事無く身体も心も休めさせてやりたいと思った。その為には休息をとる前に尾行者を追い払わなくてならない。尾行者は敵意を放ちながらつかず離れずロレウス達の後を追ってきている。襲撃のタイミングを見計らっているようだった。フラジアの街が見えなくなり、日が西に沈み始め街道を行き交う旅人の姿も無くなった頃、ロレウスは振り返り尾行者に呼びかける。
「いい加減姿を現したらどうだ? 我らがお前に気付いている事はわかっているだろう。」
風の音が辺りに響く。やがてロレウスの視線の先の木から、長身の男が音も無く降り立った。ロレウスよりも頭一つ高いその男は、背負った長剣の柄に手をかけ嘲笑と敵意を浮かべた顔でロレウスを見据える。
「そうか、そんなに死に急ぎたいか。ならばこのグラド様がお前を葬ってやろう。」
「目障りだ、消えろ。」
ロレウスは剣を抜き構える。グラドを見据えたままイルに呼びかける。
「イル、レイシェルを頼んだぞ。」
イルは任せろとばかりに高く力強い声を上げると、グラドの視線がイル達を捕らえる前にレイシェルを乗せたまま上空へ飛び去った。グラドの力が及ぶ範囲の外へイル達が逃れたのを見ると、グラドは嘲笑を浮かべ大げさに首を振る。
「女にうつつを抜かすとは。ヴァルジールが見たらさぞかし嘆くだろうナァ?」
「そんな挑発には乗らんぞ。」
顔色一つ変えないロレウスにグラドは苛立った表情で長剣を構えた。険しい表情で睨みあう。先に動いたのはグラドの方だった。間合いを一瞬で詰め斬りかかる。力任せに振り下ろされた剣をロレウスは細身の剣で受け止めた。びくともしないどころか押し返される力にグラドは顔をしかめる。自ら跳ね退き体勢を立て直したグラドは自分よりも華奢なロレウスのどこにそんな力があるのかと歯軋りする。
「長の邪魔はさせんぞ、裏切り者め!」
「一族の真の使命を忘れたお前達に裏切り者呼ばわりされる筋合いはない。」
再びグラドは剣を振り上げ突進する。急所を正確に狙ってくる早い剣捌きだが、ロレウスは攻撃を全て読んでいるかのように受け止め弾き返していく。当たらない攻撃に苛立ちながらグラドは斬りかかると見せかけ、呪文を詠唱せず手のひらから直に炎を放った。グラドの手から放たれた瞬間炎は膨れ上がり、灼熱の塊となってロレウスに襲い掛かる。だが至近距離から放たれた炎の塊をロレウスは片手で軽く払いのけた。ロレウスの背後で炎が轟音と共に燃え上がる。
「この程度か。見くびられたものだな。」
グラドは怒りに顔を歪めながら剣を振り下ろし同時に炎を放つ。剣を弾き返すとロレウスはグラドの放った炎を手に受け止める。
「剣技と魔法を同時に操れるのは大したものだが、どちらも中途半端だ。」
ロレウスの手の中で赤く燃えていた炎が消え、代わりに青白く輝く炎が現れる。グラドの放ったものよりも体積は小さい。
「本当の炎とは、こういうものだ。」


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