13へ15へ

14


殺気が込められた凶器の迫ってくる気配。はっとしてグラドを突き飛ばしロレウスは飛びのく。だがグラドを気にかけていた分反応がわずかに遅れた。夕闇の迫る空から放たれた大きな槍がロレウスの足を掠め地面に深々と突き刺さった。レイシェルの声が聞こえるまでは何も感じなかった。舌打ちをしながら空へ目をやる。気配と殺気を悟らせずに近付き一瞬で放つ高い戦闘能力。新手の敵かとロレウスは身構える。槍の放たれた方向の空から1人の男が現れ降り立った。痩せぎすのその男は身構えたロレウスを一瞥し、倒れたグラドに視線を移す。
「貴様の任務は偵察だけだったはずだ。過ぎた真似をした報いを受けよ。」
男はグラドに向けて手をかざした。地面に突き刺さった槍が浮き上がると、一瞬でグラドの身体を突き上げ背後の木に叩き付ける。木に磔にされ、グラドは絶命した。男が槍を引き寄せるとグラドの身体が力なく地に落ちる。
「何て事を……。」
男はロレウスに視線をやると感情のない表情で口を開く。
「一族の統率を乱す分不相応な行為には報いが必要。お前の父もそうだった。」
その言葉にロレウスは思わず唇を噛み締める。憤りの表情を浮かべたロレウスと対照的に男は眉一つ動かさず背を向ける。
「長はもうすぐ力を取り戻し目覚められる。一族の汚点であるお前達を完全に消す為にな。」
「父達への侮辱は許さん!」
ロレウスは剣を振りかざし男に斬りかかる。切っ先が男を捕らえたかに見えた瞬間、男は掻き消えるように姿を消した。剣が空を切る音が響く。大きく息を吐きながら、イルが降りてくる気配を感じロレウスは顔を上げた。
「ロレウス! 大丈夫ですか?」
イルが着地したと同時にレイシェルはその背から駆け下りる。
「あぁ、大丈夫だ。レイシェルが警告してくれたお陰で助かった。ありがとう。」
その言葉に安堵の息を漏らしたレイシェルだったが、ロレウスの足から血が流れているのに気付き首を振った。
「嘘はいけません。怪我をしているではないですか。」
ロレウスはレイシェルの視線を追い自分の足へ目をやる。先ほど避け切れなかった槍がすねを掠め血が流れていた。
「大丈夫だ、大した傷ではない。」
ロレウスの言葉に大きく首を振り、レイシェルはロレウスの足元に屈みこむ。
「小さな怪我が命取りになる事もあります。危険な旅なのでしょう? 油断は禁物です。」
ロレウスの傷に手をかざし祈るように目を閉じる。小さく言葉にならない声を発すると、レイシェルの手のひらから温かい光が流れ出しロレウスの傷を覆った。傷を撫でるように手を動かすと、光はレイシェルの手にゆっくりと吸い込まれていく。淡い光が全てレイシェルの手に戻っていくと、ロレウスの傷は跡形も無く消えていた。
「これで大丈夫です。」
立ち上がりロレウスの目を見つめる。上空から夕闇に紛れロレウス達へ殺気のこもった目で槍を構える男の姿を見つけ、危険を伝えなくてはと必死だった。自分のせいでイルをロレウスの側においておけない事を悔しく思った。降りて行っても間に合わない。声を上げれば男に気付かれてしまう。どうしたらと焦りを覚えた時、イルがレイシェルへ何か言いたげに首を向けた。その目を見つめ、イルの言わんとする事を察したレイシェルはイルの額に額を寄せる。精神感応などやった事はなかったが、ロレウスに届くよう強く祈りながら胸の内で声を発した。声を聞いたロレウスが槍から身をかわしたのを見てレイシェルは心底から安堵したのだった。
「ありがとう、レイシェル。」
改めて礼を言ったロレウスに、レイシェルはロレウスとイルを交互に見つめる。
「イルが手助けしてくれたからです。感謝します、イル。」
得意げな声を上げたイルの首をそっと撫でロレウスは微笑む。
「イルはレイシェルをよほど気に入ったようだな。イルが私以外の者に手を貸したのは初めてだ。だが傷の手当はイルには出来ない。レイシェルがいてくれて助かるよ。」
微笑むロレウスとレイシェルを勇気付けるかのような力強い眼差しを向けるイルに、レイシェルはゆっくりと頷く。ずっと忌み嫌われてきた自分の力がロレウスの役に立てた事が、強くあろうと自分を律しているロレウスが自分の力を頼りにしてくれている事が嬉しかったのだろう。そっと握られた小さな拳に、レイシェルの喜びと決意が現れていた。


13へ『誰がために陽光は射す』目次へ15へ