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――神聖バーンレイツ王国――
王家が統治する国家でありながら「神聖」と謳われる国。創世紀末に成立したこの国は、王宮よりも神殿の権力が強い。
城下町は神殿より伝えられた魔王復活の噂で不安と混乱に満ちていた。

城下町にある王立図書館の片隅で、一人の男が創世神話に関する書物を読み漁っている。
「ふむ……。では魔王は一体どこから来たのだろう? 魔王の目的とは何だったのだ? 神が拓いた大地でありながら魔王の侵入を許したのは何故だ?」
別の書物を開き男、エルセンは呟き続ける。
「神官達は魔王復活の兆しをどうやって感じるのだ? 魔王の力を彼らが感じると言うのは、神々や神官も魔王と同じ存在だからなのではないか? 神々とは何者なのだろう? ……解せない事が多すぎる。」
山積みにした書物を前にエルセンが首を振った時、静かな部屋に少年の声が響いた。
「父さん、やっぱりここだったのか。」
呆れた表情で近付いてくる少年にエルセンは顔を上げた。
「おぉ、アルバス。どうしたんだ?」
アルバスと呼ばれた少年はますます呆れた顔をする。
「午後から剣の稽古つけてくれる約束だっただろ。忘れないでくれよ。」
「あぁ、そうだったな。もうそんな時間か。」
慌てて書物を片付けるエルセンを手伝いながらそれらの題名に目をやったアルバスは思わず手を止めた。
「父さん、神話の何を調べていたの?」
不安げな声でアルバスはエルセンを見上げた。今、バーンレイツでは神官達による異端審問が繰り広げられている。魔力を有する疑いのある者、神殿や神話に異を唱える者などが神官に捕らえられ、神に仇なし魔王に与する異端者とされ処刑されている。異端者を通報した者には神殿から報奨金が与えられるようにもなっていた。報奨金目当てにでたらめな密告が増え、言われなく処刑された者も多い。町の片隅には、急ごしらえの粗末な墓が無数に並ぶようになった。異端者を正式に弔う事を神殿が許さないからであるが、毎日のように行われる処刑に棺や墓石の作成が間に合わないためでもある。国民達は疑心暗鬼と不安に苛まれ、やがてそれは復活しようとしているらしい魔王に対する怯えと憎悪に姿を変えつつあった。アルバスの視線を受けてエルセンは困ったように笑った。
「うん、まぁ……納得のいかない事が多くてな。調べれば調べるほど疑問が湧いてくる。」
黙ったままアルバスはエルセンを見上げる。孤児だったアルバスを引き取り育ててくれている血の繋がっていない父。博識で剣の腕も立ち、国王も信頼を寄せている父。この国でアルバスが頼れるのはエルセンだけだ。エルセンの言葉に更に不安げな顔になったアルバスの肩を、エルセンはそっと叩く。
「そんな顔をしなくても大丈夫さ。今朝、国王に神官達の行き過ぎた行動を止めるよう進言してきた所だ。もうじき、こんな状況は改善されるはずだ。」
アルバスの頭をくしゃくしゃと撫でエルセンは微笑む。
「お前が一人前になるまで私は死ねないよ。」
小さく頷いたアルバスをエルセンは見つめる。この子を守るのは恩人との約束だしな、と胸の内で呟く。十数年前、盗賊に襲われ命を失いかけた所を救ってくれた男。何者かに追われ自らも深い傷を追っていた彼が連れていたのがまだ幼いアルバスだった。彼はどうしているだろうか。図書館を後にしながらエルセンはアルバスを託された時の事を思い返していた。


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