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図書館から自宅へアルバスと歩きながら、エルセンは「ジュレイドはどうしているだろう」とふと思う。あれ以来全く音沙汰はない。無事でいるだろうか。ぼんやりと考え事をしながら歩くエルセンを呼び止める声がした。
「エルセン殿、国王陛下がお呼びです。王宮までお出で願えますか?」
二人が振り返ると王家の紋章付きの鎧を身に付けた兵士が敬礼しながら立っている。今朝進言した件だろうかとエルセンは兵士に頷いた。
「わかりました。参りましょう。アルバス、すまないが先に戻っていてくれ。」
「王様が呼んでるならしょうがないか。戻ったらちゃんと剣の稽古つけてくれよ。」
兵士はアルバスにも一礼するとエルセンを王宮へ先導する。一人自宅へ向かうアルバスはしばらくして不穏な視線を感じ振り返った。神官が三人、アルバスを睨みつけ立っていた。神官は嫌いだ、とアルバスは思う。王宮に仕える兵士達は皆親切で礼儀正しく、町の人々に対しても敬意を払う事を忘れない。町の人々の信頼も高い王宮兵士は子ども達の憧れの職業でもあった。それに対し神官は神殿に選ばれた者しか就けない職業故か、選民意識が強く高慢な振る舞いが多く、人々は神官を恐れ嫌悪していた。バーンレイツが国家として成立する以前からあった神殿は施政から独立しているため、王宮の干渉も受けない。政治的な力は持たないが、町の人々の生活を支配しているのは神殿だと言っても過言ではなかった。近付いてきた神官達をアルバスは睨み返す。
「何の用ですか?」
つっけんどんな口調で見上げたアルバスを神官達は取り囲んだ。
「お前の父は何を調べているのだ。」
「神殿に楯突くとどういう事になるか、知らないわけではあるまい。」
「忠告は素直に聞いておいた方が身の為だぞ。」
威圧され怖気づきながらもアルバスは果敢に神官達を見上げる。
「父は学者です。調べ物をするのは当然の事でしょう。それとも神殿には調べられると不都合な事でもあるんですか?」
アルバスの言葉に神官達は気色ばむ。
「小僧、痛い目を見ないとわからんか。」
アルバスを壁際に追い詰め、年かさの神官が懐から短剣を取り出しちらつかせる。アルバスは青ざめながら逃げる隙を探して通りに目を向けた。訝しげな顔でこちらに近付いてくる長身の男と目が合う。助けてくれ! と目で訴えると事態を察した男は険しい目つきで少女を乗せた馬を引きつれ神官に声をかけた。
「大の大人が子どもを3人で取り囲むとは情けない。」
短剣を構えた神官の手を掴み男は言葉を続けた。
「その服装、神官だな。この町の神官は子どもを脅すのが仕事なのか?」
「邪魔をするな!」
ふいに手を掴まれた神官は男の手を振り払おうとするが、軽く掴んでいるだけに見える男の手は微動だにしない。掴まれている手首からみしり、と小さな音が聞こえ神官は悲鳴を上げた。馬の背から少女が男に声をかける。
「ロレウス、あまり痛めつけてはその子が怯えてしまいます。」
少女の言葉にそれもそうかと頷くとロレウスは神官の手を離した。神官達は怒りと憎悪の目をロレウスに向ける。
「おのれ、こんな事をしてただで済むと思っているのか!」
「神の裁きを受けよ!」
口々にロレウスを罵ると神官達は平静を装いながら立ち去っていった。手首を砕かれた神官だけは苦痛の表情を隠せずにいたが、横柄な態度で道行く人々を睨みながら神殿へ向かって歩いてゆく。神官の背を一瞥するとロレウスはアルバスに視線を合わせてかがみこむ。
「怪我は無いか?」
「ありがとう、助かったよ。」
「この町の神官は町の人に対しても横暴なのか?」
「そうだよ。陰険でエラソーで、皆神官を嫌ってる。でも口に出せないんだ。ちょっとでも神官を怒らせたら殺される。そんなのおかしいよ!」
強い口調で拳を握るアルバスにロレウスは頷く。
「その通り、人を殺める権利など誰も持っていない。」
アルバスはすがるようにロレウスの手を掴んだ。
「ねぇ、あんた強いんだろ? 神官達をやっつけてくれよ。俺もう人が死ぬのなんか見たくないんだ。」
アルバスの手をそっと握り返しロレウスは微笑む。
「その為に私は旅をしている。誰もが脅かされたり殺されたりしない世界を実現する為にね。バーンレイツにはその為の大事な手掛かりがあるらしい。この国の歴史や創世神話について詳しい人物を知らないか?」
ロレウスの言葉にアルバスは得意げに目を輝かせた。
「それなら俺の父さんが詳しいよ! エルセンっていって国王も信頼を寄せる偉い学者で、神話についてよく『納得行かない』って言って調べてるんだ。だから、神官に目を付けられてるんだよ。父さんは今王様に呼ばれて城へ行ったけど……。」
家で待つか城へ行くか、アルバスが考え始めた時だった。ロレウスが立ち上がり振り返る。
「レイシェル、どうしたんだ?」
レイシェルはイルと共に城がある南ではなく神殿のある東の空を一心に見つめていた。そして表情を強張らせる。
「すぐにエルセンという人の所へ向かいましょう!」

兵士の後をついて歩くエルセンは、城へ向かう道とは違う方向へ足を向けた兵士に声をかけた。
「城はこちらではありませんよ、リック殿。」
名を呼ばれ兵士はびくりと足を止める。
「私が城へ頻繁に出入りしている事をあなたはご存じないようだ。そんな人物に、王が私の案内を命ずるかな?」
リックはエルセンを振り返りがくりと膝を落とした。
「申し訳ありません! 神官に妹が捕らえられて、貴方を神殿に連れて来るよう脅されたのです。逆らえば、妹は……。」
エルセンは震えるリックを宥めるよう肩に手をかけ、嘆かわしいとため息をついた時だった。
「役立たずめ。まぁいい、お前はもう用無しだ。失せろ!」
エルセンの前に跪くリックを蹴り飛ばし、壮年の神官が10名程の取り巻きを引き連れエルセンを取り囲んだ。
逃げるように走り去ったリックを一瞥すると、リーダー格の神官は丸めていた羊皮紙をエルセンの目の前で広げて見せた。
「エルセン・フォード、神々に背き魔王の復活を手助けする異端者の疑いあり。審問を始める。神殿前の広場まで同行してもらおうか。」
エルセンは諦めたような顔で小さくため息をついた。

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