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暴徒と化した人々が神官の叫びに応えロレウス達に向かっていくのを、レイシェルは震えながら見つめていた。ロレウスもエルセンも大丈夫だという確信は湧いた。だが、この大勢の人々を相手にする二人が何故大丈夫なのかが見えない。アルバスにはこの光景を見せない方がいいだろうと、アルバスに視線を移した時だった。
「やめろ……、やめてくれ。父さんに何するんだ。」
泣きながらアルバスは呟く。剣を構えたアルバスを中心に風が巻き起こる。ゆらりと一歩踏み出すアルバスの左目が真紅に染まっていた。茶色い髪が青く変化し風に舞い上がる。
「この瞳は……!」
アルバスの目を見てレイシェルははっとする。左右異なるこの瞳の色には覚えがある。何年も前に自分に生きる術を教えてくれた、同じ生い立ちを抱えた男の瞳と同じ色。アルバスにどこかで会った気がしていたのは、彼とアルバスが似ていたからだ。
「やめろぉおぉぉーーー!」
アルバスはレイシェルが止める間もなくエルセン達に向かって駆け出していく。その姿を見たロレウスは自分の目を疑った。確かに先程まで一緒にいた少年に違いない。だが、髪は青く変わり左右の瞳の色は異なっている。彼もまた、レイシェルと同じく魔力を持って生まれた者だったのだと気付く。先程から感じていた強い力はアルバスのものだったのだ。アルバスが下段に構えた剣を振り上げると突風が巻き起こり、人々を吹き飛ばしていく。壁に叩きつけられた人々は何が起きたのかと辺りを見回す。そして険しい顔で剣を振り回す青い髪の少年に恐怖の声を上げた。
「魔物だ!」
「エルセン、あんたやっぱり魔王の配下だったんだな!」
「アルバス、止せ……。」
エルセンが苦しげに放った声も、理性を無くしたアルバスには届かない。空へ向けた剣を振り下ろすと、晴れていた空に黒雲が生じ無数の稲妻が落ちた。稲妻に打たれ何人もが倒れる。魔力を目の当たりにし、恐れ逃げ惑う人々に剣を振るいながらアルバスは叫ぶ。
「エラソーな神官も、父さんを逆恨みする奴らも、みんないなくなっちまえ!」
アルバスがかざした手を振り下ろすと再び稲妻が落ちる。倒れた神官を踏みつけ、剣を構え逃げていく人々や神官を片端から斬りつけていく。背を斬りつけられた男は転倒しアルバスを見上げる。
「た、助けてくれ……。俺は、俺達は平穏に暮らしたいだけなんだ!」
男にとどめを刺そうとアルバスは瞳に憎悪を浮かべ剣を振りかざす。力任せに剣を振り下ろそうとした時、男とアルバスの間にエルセンが飛び込んだ。
「アルバス! 止めるんだ!」
額から血を流しながら、エルセンはアルバスの目を見つめ必死に叫ぶ。切っ先をエルセンに向けている事に気付いたアルバスははっとして立ち尽くす。
「……俺は、何を……?」
大きく息を吐きながらアルバスは戸惑い顔でゆっくりと剣を下ろす。火傷や傷を負い倒れている人々。落雷に破壊された神殿の門。エルセンは安堵した表情で、アルバスにそれら見せないようにそっと抱きしめた。
「アルバス、私なら大丈夫だ。」
「父さん、俺……。」
剣を振るいながら怒りに任せて稲妻を呼んだ、あの力は何なのか。自分は得体の知れない力を持つ魔物なのか。人々は青い髪のアルバスを抱きしめるエルセンを怯えた表情で見つめる。そして誰からともなく叫び出した。
「化け物!」
「この国から出て行け!」
エルセンはきつくアルバスを抱きしめる。倒れていた神官がゆっくりと立ち上がり短剣を抜いた。
「やはりこの者共は魔王の配下だ。この場で討伐してやる!」
「彼らに触るな。」
ロレウスは剣を神官の喉元に突きつけ動きを制する。ロレウスの声にエルセンとアルバスは顔を上げた。ロレウスの姿を見たアルバスは戸惑いの声を上げる。さっきまで黒かったロレウスの髪が銀色に変わっている。魔力を発揮させたアルバスにロレウスの幻視魔法が効かなくなったからだ。騒ぎを聞きつけたのだろう、町のほうから王宮兵士達が駆けつけてくる。この場は彼らに任せようと、ロレウスはイルを呼び寄せた。イルは翼を大きく広げ、その背にいるレイシェルの姿を隠す。そしてロレウスは自分とイルにかけた幻視魔法を解いた。ロレウスの黒い髪が銀色に変わり、近付いてきた馬が見た事のない恐ろしげな生き物に変わるその様に人々は悲鳴を上げる。ロレウスはイルの背に跨りマントを広げた。ロレウスとイルの意図を悟ったレイシェルは身を小さくしマントと翼の影に隠れる。ふわりと浮き上がり、人々を見下ろすロレウスに神官が叫ぶ。
「やはりお前が魔王か!」
「魔界を統べる者、という意味ではその通りだ。」
「この国は渡さんぞ!」
その言葉にロレウスは小さく笑う。
「私はこの国が欲しいわけではない。私が欲するのは世界全てだ。我らの同胞の為に。」
アルバスはエルセンの手を離しロレウスに近付いた。
「俺は、あんたの仲間なのか?」
アルバスの目を見つめロレウスは答える。
「それを決めるのはお前自身だ。」
震えながらアルバスは呟く。
「俺は、一体……。この力は?」
「知りたくば、剣と魔法の腕を磨いて私を追ってくるがいい。私は神を討ちに来た。」
「お前達、これは何の騒ぎだ!」
王宮兵士の怒声が響き人々の気が逸れた隙に、ロレウスはイルの手綱を取り上昇する。神殿から伝令の鳥が飛び立つのが見えた。
「待ってくれー!」
神殿の尖塔を超え飛び去っていくロレウスにアルバスは叫ぶ。これからどうなるのか、どうするべきなのか。答えを求めアルバスはロレウスの消えた空を震えながら見つめていた。


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