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兵士長ロジャーは怪我をした人々の手当てを部下に命ずると神官長につかつかと歩み寄る。
「グラコス殿、一体これは何の騒ぎですか?」
「魔王だ、魔王が現れたのだ!」
訝しげな目で睨むロジャーにグラコスは声を張り上げる。
「異端審問中に魔王が現れたのだ! そうだ、こいつらも魔王の配下だ!」
グラコスの指差した先には不安げな顔のエルセンとアルバスがいた。アルバスの青い髪にロジャーは戸惑いながらもグラコスを強く睨む。
「あなた方の行いをこれ以上野放しにするわけにはいかん。」
「何を言うか! 魔王が復活したのだぞ、今こそ我らの力をもって」
グラコスの言葉を遮りロジャーは言い放った。
「神話を利用して人心を乱し人々を踏みにじる、真の魔王はあなたの方ではないのか。」
「何だと!?」
憤るグラコスをよそに、ロジャーはエルセン達に目をやり淡々と告げる。
「彼らの身柄は我々が預かる。それから……。」
グラコスを強く睨みロジャーは言葉を続ける。
「後に国王から直々に触れが出されるが、バーンレイツ王国はこの神殿周辺の領有権を永久に放棄する。神殿一帯は中立した独立地域となる事が決まった。よって、今後神殿が王国や国民に手を出す事は許されん。」
「何だと!? 王国は神々を愚弄するのか! 神々あってのバーンレイツではないか!」
フンッと息を吐きロジャーはグラコスを見遣る。
「バーンレイツが尊重するのは神々である。あなた方ではない。」
怒りに顔を赤らめるグラコスを無視し、ロジャーはエルセンとアルバスを城へ案内する。エルセンは身に付けていたスカーフを外しアルバスの頭に巻いてやった。
謁見室に通され頭を垂れたエルセン達に王は顔を上げるように告げ、悲しげに首を振った。
「神話を尊重し神々の教えを守る事は、国民を守る事だと思っておった。そうしなければ神罰が下ると。しかし我々は、神話よりもまず国民を守らねばならん。何故その事に気付かなかったのか……。」
うな垂れる王を宥めながら、エルセンはゆっくりと口を開く。
「私は、アルバスを連れて旅に出ようと思います。神話は本当に真実なのか、それと魔王を名乗ったあの人物は何者なのか、調べたいのです。」
アルバスの魔力を目の当たりにした人々が、アルバスとエルセンにこれまで通り接するとは思えなかった。王は寂しげな表情で頷く。
「うむ、そなたがそうしたいと願うなら止めはせぬ。儂からも調査を頼む。路銀と馬を用意させよう。」
王はアルバスに視線を移すとその目をじっと見つめる。王に見つめられ戸惑いながらも、アルバスはまっすぐに王の目を見つめ返した。
「アルバス、といったかな。君とエルセンを傷つけるような事態になってしまって申し訳ない。」
王に頭を下げられ大きくかぶりを振ったアルバスに、王はゆっくりと言葉を続けた。
「どうか、人々を恨まないでくれ。勝手な事を言っていのは承知している。だが、憎しみは更なる憎しみを呼ぶ。憎しみからは何も生まれない。そればかりか、憎しみは全てを破壊するのみ。これから辛い人生になるかもしれない。だが、エルセンを助けて強く正しく生きてほしい。」
王の目を見つめアルバスは小さく頷いた。自分の魔力を目の当たりにしたら、王はそれでも同じ事を言ってくれるだろうかと考えながら。
アルバス達がロジャーに付き添われて自宅へ向かう頃には日が暮れ始めていた。町の人々は2人の姿を見ると恐怖に顔を引きつらせ家の中へ駆け込んでいった。
翌朝。アルバスは夜が明ける前に目を覚ます。物音を立てないよう気をつけながら、エルセンに手紙を残すと静かに家を出た。
「父さん、ごめん。俺は一人で行くよ。俺と一緒にいたら父さんに迷惑がかかる。」
エルセンのスカーフを借りて青い髪と真紅の左目を隠し、誰にも会わないよう気をつけながら関所の門へ向かう。エルセンと別れるのは辛かったが、奇異な容姿と魔力を持つ自分と一緒にいては、どこへ行っても昨日のような目に遭うだろう。それを避けるには自分はエルセンと一緒にいてはいけない。未練を断ち切るように俯いて歩きながら、アルバスはエルセンの所で暮らす前の事を思い出した。今の自分と同じ左右異なる色の瞳をした、稲妻を操りエルセンを助けた男。名前は確かジュレイドだ。ジュレイドもエルセンも何も聞かせてくれなかったが、ジュレイドが自分の本当の父親なのだと、そしてこの力のせいで追われながら旅をしていたのだと今ならわかる。まだ魔力を発揮していない自分をエルセンに託し一人旅立ったジュレイドも、こんな気持ちで町を後にしたんだろうかと思う。今ジュレイドはどこでどうしているのだろう。会ってみたい。エルセンとの生活は幸福だったと知らせたいと思った。そして、神話の真実を探るエルセンを助ける為に自分に出来る事は無いかと考える。昨日出会った魔王を名乗った青年の顔が脳裏に蘇った。ロレウスと呼ばれていたあの青年は、「誰もが脅かされたり殺されたりしない世界を実現する」と言った。その言葉に嘘は無かったと思う。神話の時代に闇の世界から現れ、地上の侵略を目論んだという魔王のイメージではない。ロレウスも神話の真実を探っていたのだろうか。だが、「神を討ちに来た」と言い、銀色の髪を持ち見た事のない空飛ぶ生き物を従えた姿は人間ではなかった。一体彼は何者だったのだろう。ロレウスを追って行けば、神話の真実も自分の力の事もわかるかもしれない。神を討つのが彼の目的ならば、神話にゆかりのある地域に行けばいいはずだ。
「よし。」
旅の目的が定まり、アルバスはしっかりした足取りで町の門を抜ける。空が少しずつ明るくなっていった。


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