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一方、ロレウス達は神殿から飛び立った鳥を追っていた。鳥を追って飛ぶイルの背から落ちないようロレウスの腕に縋りながら、レイシェルはロレウスに問い掛ける。
「あの子、連れてきてあげなくて良かったのですか?」
レイシェルを支えながらロレウスは頷いた。
「あぁ。彼だけを連れて来れば、人間達はまた彼の父を糾弾するだろう。あの親子をあの場で引き裂くわけにはいかない。あまり大人数で行動するのも避けたいし、それに彼は魔力を発揮したばかりだ。彼自身の目で真実を見てほしい。その上で、正しい神話を広める為に力を貸してもらえたなら心強い。」
バーンレイツを訪れ、一族の長を討っても神話の誤りを正すのは容易な事ではないという思いは強まった。エルセンのように神話に疑問を抱く者もいる。ミロトの報告の中にも、神話に疑問を呈した者達がバーンレイツの神官に処刑されたという話があった。それは、人間の目から見ても神話に辻褄の合わない点があるという事だろう。どれほど長の配下達が隠そうとしても、偽りは綻びてしまうものだ。そしてバーンレイツで見たものは、罪なきものを忌避し襲う愚かな群集の姿だった。人間は知るべき事を知らされていない被害者なのか、知るべき事を知ろうともしない罪人なのか。罪人であるなら、その存在も罪なのか。しかしそれを滅ぼすのは本当に正しい事なのか。思考に沈んだロレウスの迷いはレイシェルにも伝わってきた。ロレウスは「全ての命は等しく慈しまれるべきだ」とよく言っている。それは彼の亡き父ヴァルジールの想いなのだとも。全ての命、その中には地上の大多数を占める魔力を持たない人間も含まれるのだろう。だが、レイシェルや魔界の人々は自分達を忌避し迫害した人間を憎んでいる。レイシェルはたとえロレウスが地上の人間を滅ぼすと決めても止めはしないだろうと思えた。だが特に滅ぼしてほしいと強く思っているわけでもない。ロレウスの顔を見上げながら、自分はロレウスの決断がどうあってもついていくのみだと改めて思った。
前方を飛ぶ鳥に視線を戻しロレウスは口を開く。
「あの鳥が飛び立って街の神殿から魔力の気配が消えた。この大陸にあるもう一つの神殿に向かっているのだろう。恐らくそちらがこの大陸における本拠地だ。我々が追っている事には気付いているはずだが、捲こうとしないのは何か企んでいるのか……?」
レイシェルも前方に視線を移し頷く。
「そのようですね。何者かが待ち構えているのが視えます。」
ふいに脳裏に浮かんだ映像にレイシェルは意識を集中する。
「力と肉体を揃え、長を討って世界を……? あっ!」
消えてしまった映像を追うように手を振るレイシェルをロレウスは支えた。
「大丈夫か、レイシェル?」
「はい、大丈夫です。ロレウス、気を付けて下さい。危険な企みを持った者が私達を待ち構えています。戦いは避けられません。何が起きても、私に構わず戦って下さい。」
レイシェルの青ざめた顔をロレウスは覗き込む。
「どうした? 何が視えたんだ?」
「はっきりとは……。ただ、とても邪悪な意志を持つ存在を感じました。ロレウスや、一族の長さえも利用しようとしているようです。」
「今の一族の中に裏切り者がいるという事か。」
一族同士が争いを始めれば、この大地は破壊され消滅してしまうだろう。そうなれば魔界の者達は永久に魔界に閉じ込められる事になる。ロレウスは表情を引き締めた。
「何としてでもそいつの企みを阻止しなくては。」
レイシェルを支え直しロレウスは言葉を続ける。
「それに何が起きてもレイシェルの事は私が守る。心配はいらない。」
ロレウスの言葉にレイシェルは慌てて首を振った。
「私に構わずと言ったのはそういう意味ではないんです。」
首を傾げたロレウスをレイシェルは見上げる。
「何が起きても、私を信じていてほしい、という事です。私の存在はロレウスと共にあります。」
力強いレイシェルの眼差しにロレウスはもちろんだと頷いた。言葉に出来ない不確かな何かがレイシェルには視えていたのだろうと考える。そしてレイシェルの強い眼差しには、自分を犠牲にしてロレウスの助けになろうという悲壮な決意ではなく、ロレウスと共に行くという意志が溢れていてロレウスを安堵させた。
追っていた鳥が眼下の森林地帯へ降りていく。ロレウスはイルを降下させその後を追う。鳥は木々の間に隠れるように建っている小さな神殿へと姿を消した。



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