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鳥を追いロレウス達も神殿へ足を踏み入れる。石造りの小さな神殿は不気味なほどに静まり返っていた。神殿の中心部に強い力を感じロレウス達はそちらへ足を向ける。祭壇のある小さな部屋に、先程の鳥を肩に乗せた小柄な男が入り口を見つめ立っていた。鳥は男を見上げると「ダスバル、ここは任せたぞ。」と言い残し天窓から飛び去っていった。ロレウス達が広間へ侵入するとダスバルはにやりと笑う。
「やっぱりお前か、ヴァルジールの息子。名はロレウス、といったか。」
「ふん。長はここにはいないようだな。」
「長の命を狙いに来たのか? 残念だが長の本体はここには無い。ここにあるのは力の結晶体だけだ。」
「力の結晶体?」
訝しげなロレウスの言葉に、ダスバルは手にした石をかざしてみせた。掌ほどの大きさの水晶の原石が、内部から紫色を帯びた光を放っている。ダスバルはにやにや笑ったまま言葉を続けた。
「この石の中に長の力を納めてある。お前がこっちに来た時に備えてその魔力を培養しているのさ。今度こそお前達を滅ぼす為にな。」
「そんな事はさせん。」
剣を抜いたロレウスにダスバルは不敵に笑う。
「まぁ、待てよ。お前、俺と手を組む気はないか?」
「何だと?」
眉を寄せたロレウスからダスバルはレイシェルに視線を移す。
「お前は魔力を持って生まれたただの人間か。かわいそうにな。」
言葉とは裏腹に唇を歪めて笑うダスバルにロレウスは声を荒げる。
「何が言いたい!」
くつくつと笑いながらダスバルはロレウスに視線を戻した。
「俺が独自に調べた事だが、恐らく俺達の力が大地に影響を及ぼしすぎているんだろう。だから本来魔力を受け継ぐはずのない生き物まで魔力を持ってしまった。今はまだ人間だけのようだが、一族がここに居座り続ければこの大地の生態系は狂い始める。このままいけばこの世界は滅亡するだろう。」
「それは本当か?」
訝しげな目で睨むロレウスにダスバルは自信たっぷりに頷いた。
「おそらくな。魔力を持つにはこの大地の生物の身体では耐え切れない。そういう風には創られていないからだ。魔力を有した生物はやがてその力に精神を侵される。そうして理性を無くした生物は凶暴化しモンスターとなる。大地にモンスターが溢れ誰の手にも負えないまま、この世界は破壊される。それに加え、魔力を持つ人間はまだ生まれてくるだろう。迫害されている彼らが徒党を組んで復讐を始めたとしたら、彼らの力は未知数だ。今はバラバラだが徒党を組まれたら一族でも太刀打ち出来ないかも知れない。」
「長についている者達はその可能性に気付いていないわけではないだろう? 何故この大地から立ち去ろうとしないのだ?」
ロレウスの言葉にダスバルは険しい表情を浮かべる。
「どうして俺達だけが大地を拓く過酷な旅をし続けなきゃいけないんだ? 安住したいと願うのは罪か?」
「それが我らの宿命だろう。今更何を言うか。」
「理由も考えずそれに従うのは愚かな事だ。何の為に俺達は魔力を持ったのか、力を有益に使う為にはそこを考えなくてはいけない。」
ロレウスは理解に苦しむと首を振った。
「ならばお前や長達はどう考えるのだ。」
「長達の考えはこうだ。力とは他者を支配する為のもの。自分達が生み出した命は自由に扱う権利がある、ってな。」
「傲慢にも程があるな。力とは他者を守る為にある。生み出した命は慈しみ守る義務がある。」
ダスバルはロレウスの言葉に肩をすくめる。
「お前はそう言うだろうと思った。お綺麗すぎて鳥肌が立つな。力とは欲しい物を手に入れる為にあるんだ。そして俺は欲しい物の為にお前の力を必要としている。」
「ふん。お前の欲しい物とは何だ?」
「俺はこの美しい世界が欲しいんだ。」
ダスバルは天窓から空を見上げ言葉を続けた。
「この大地に立った時、青い空と海と草木はすでにあった。それだけで途方も無く美しかった。この大地に他の生物はいらないんだよ。特に人間なんて、今まで俺達が生み出してきた命の中で一番醜い。俺達の力を崇めるくせに、人間が持った力は迫害する。元は同じ力だって事も知らずにな。」
「それはお前達が仕組んだ事ではないか。」
「そうとも言い切れないぞ。お前達もあの街で見ただろう。人間にとっちゃ自分達の権威を守る為に、神殿の存在がちょうど良かっただけの事だ。奴らは心底から俺達を崇めてるわけじゃない。俺達の力だって利用されているに過ぎないんだ。」
ロレウスは言葉に詰まる。確かに、バーンレイツの街で見たのは人間の神官達が神話を利用し権威を振りかざす醜い姿。怒りの矛先を正しい方向へ向けず、弱い者や自分達と異なる者へ向ける愚かな姿。ロレウスを見据えダスバルは口を開いた。
「だから俺はこの大地から人間を滅ぼす。余計なものは何も無い美しい大地を維持するんだ。その為には長達が邪魔だ。奴らは安住を願う点では同じだが、自分達が支配する対象を求めている。この大地にそんなものは必要ないんだ。お前も長の存在は邪魔なんだろう? 長と側近も倒すとなると1人じゃ無理だ。俺に手を貸してくれたなら、お前達の居場所は用意してやる。そこには手を出さないと約束しよう。」
ロレウスはダスバルを真っ直ぐ見据え言い放った。
「断る。」
「ほぉ。何故?」
「その約束が果たされるという保証はどこにある? 私は私の手で目的を果たす。お前などと手は組まん。」
唇を歪め笑うとダスバルは手をかざす。
「でもお前は俺に協力せざるを得ない。」
次の瞬間、ダスバルの左手から炎が細く鎖のように伸び、ロレウスの傍らに立つレイシェルを捕らえた。炎の鎖は螺旋を描きレイシェルを取り囲む。
「あっ!」
「貴様! 何をする!!」
唇を噛むロレウスにダスバルはにやりと笑った。
「うかつだったなぁ。さぁ、どうする? 俺と手を組むか?」


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