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守るだの救うだのと言いながら結局何もしてやれないだけでなく、助けられてばかりいる自分にロレウスは苛立ちを覚える。レイシェルの目を見つめその心を思いながら、ロレウスはダスバルの肩を更に強く掴んだ。
「長の所へ向かってどうするつもりなのか聞かせろ。作戦はあるのだろう? 足並みは揃えておいた方がいい。」
「それもそうだな。」
ダスバルはロレウスの手を軽く払い、懐からもう一つ同じように紫色の光を放つ水晶を取り出した。
「お前はここで俺が撤退させた事にする。そしてこの偽物の石を渡し、長を眠りから覚ます儀式を早急に始めさせるんだ。そこへ再びお前が襲撃をかけ長が力を取り戻す前に倒す。お前が姿を現したら俺は儀式を阻止し、側近達も俺とお前で全て倒す。連中を全滅させたら俺は長の力を手にして人間を滅ぼす。お前は魔界の者達を地上へ導く。」
「側近の数は把握しているのか? そこ以外にも一族の者はいるのだろう?」
「心配性だな。長の側近さえ倒してしまえば後の連中は雑魚だ。長の身辺警護をしてる奴はそれほど多くない。俺達2人で充分戦える数だ。」
「レイシェルを危険な戦闘に巻き込みたくは無い。彼女の安全を確保しろ。」
ダスバルは考えをまとめながら答える。
「じゃあ、儀式が始まってお前が姿を現す前に術を解く。そしたらお前の相棒の背に乗せ上空へ逃す。それまでは俺が責任持って守ろう。大事な人質だからな。」
振り返りレイシェルの頬に触れながらダスバルはにやりと笑う。
「綺麗な顔だ。このまま俺の側に置くのも悪くないかもな。」
「貴様!」
気色ばむロレウスにダスバルは更に笑う。
「冗談だ。さぁ、作戦会議は終わりだ。長の身体を安置してる神殿は海を西へ渡った大陸にある。行くぞ。」
外に出るとダスバルは指笛を鳴らす。それに応え、空から黒い翼を持つ大きな馬が舞い降りてきた。一族が騎乗用に生み出し飼育している天馬だ。鞍や手綱に装飾品が付けられている所を見るとダスバルの愛馬らしい。捕らえたままのレイシェルを抱きかかえ、ダスバルは天馬の背に跨った。ロレウスもイルの背に跨る。
「見失わない程度に離れてついて来てくれ。神殿はここからそう遠くない。」
ロレウスにそう告げてダスバルは天馬に合図を送る。風を巻き起こして上昇した天馬を追ってロレウスもイルへ合図を送った。視界の端にダスバルの天馬を捕らえながら、ロレウスは忸怩たる思いで呟く。
「レイシェル、辛い事をさせてすまない。」

天馬を繰り神殿のある大陸を目指しながら、ダスバルはレイシェルを見下ろす。
「本当に綺麗な顔だ。特にこの目。人間にしとくには勿体無いな。人間の身体じゃ魔力を宿すには耐えられない。」
上空なら騒がれる事はあっても逃げられる心配はないだろう。彼女と話をしてみたい、そんな衝動にかられてダスバルはレイシェルにかけた2つの術を解いた。だが予想に反し、静かに真っ直ぐに見上げてくるレイシェルにダスバルは戸惑う。
「あいつは後からついて来る、心配すんな。」
「えぇ。わかっています。」
「未来視ってやつか。先がわかるって辛くないか?」
何か言いかけたレイシェルを遮りダスバルは自嘲する。
「辛くないわけないな。愚問だった。」
前方に視線を移しダスバルは言葉を続ける。
「人間は滅びるべきだ。俺は昔からそう思ってきた。俺達と似た容姿を持った生き物なんか生み出したのがそもそもの間違いだったんだ。俺達のせいで魔力を持ってしまった生き物は保護する。だけど何も知らないただの人間は滅ぼす。」
「でも生まれてきた命そのものに罪は無いでしょう。」
意外なレイシェルの言葉にダスバルは戸惑う。
「あんたは人間を憎んでるんじゃないのか? あるいは魔力を持つ原因になった俺達一族が憎くはないのか?」
「何もわからなかった頃は全ての人を憎んでいましたけど、今は誰の事も憎んではいません。むしろ、この力があったからロレウスと出会えた。その事に感謝しています。」
ダスバルはわからないと首を振る。
「だけど、魔力が無ければ虐げられる事も無く平穏に暮らせたんだぞ。」
レイシェルは真っ直ぐにダスバルを見据えた。その目には強い光が宿っていた。
「もしも私に魔力が無かったら、ロレウスや魔界の人達に憎まれながら、何も知らないただの人間としてあなたに滅ぼされていたでしょう。」
はっとするダスバルに小さく頷き、レイシェルは言葉を続ける。
「魔力を持って生まれて、ロレウスの事や魔界の事、神話の真実を知れた数少ない人間として、私は誇りを持っています。」
「あんた、強いんだな。」
感心したようなダスバルの言葉に、レイシェルは小さく首を振った。
「ロレウスのお陰です。ロレウスと出会えて、私はやっと自分の運命を受け入れる事が出来たんです。」
それよりも、とレイシェルはダスバルの腕を掴む。
「魔力を宿すには人間の身体じゃ耐えられないというのは本当ですか? 今魔界で暮らしている人達は、数百年前にロレウスのお父様に救われているのですよね?」
レイシェルの手を取りダスバルは言葉を選ぶようにゆっくりと応える。
「一族が生き物を地上に生み出した時、魔力を持たせるつもりなど到底なかった。魔力の行使に精神力と体力を酷く消耗する事は知ってるだろ? そのうち魔力を使わなくても持ってるだけで消耗するようになる。長寿な俺達一族が力尽きるのは、長い時を経て生命力を魔力に蝕まれていくからだ。魔力を持つ俺達でも、自分の魔力に生命力を奪われている。魔力ってのは先代達の生命力を糧にして次の世代へ受け継がれているものなんだ。だから、突発的に魔力を持った生き物は、その重さに耐えられない。」
レイシェルの目を見つめ返し、ダスバルは思考を巡らせながら言葉を続ける。
「ここからは俺の推測だけどな。魔界は今の長と同等の力を持つと言われてた、あいつの父親が生み出した世界だ。彼は自分の力を魔界に注いで、本来なら魔力に耐えられないはずの人間の身体を守っているんじゃないかと思う。自分の生命力を人間に分け与えている、と言えばわかりやすいか。」
「そんな事が、出来るのですか?」
「多くの人間が暮らせる空間を一つ創り出せる位の力の持ち主だからな。容易じゃないだろうが出来ない事はないだろう。そうでなければ、魔力を持ってしまったただの人間が長い時を生きられるはずがない。」
レイシェルは青ざめた顔でダスバルの腕を更に強く掴む。
「それは、自分の命を削る事なのではないですか?」
「そうだな。彼の精神は尊敬に値する。」
「ロレウスのお父様は数百年前に亡くなっています。なら、今それをやっているのは……。」
あぁ、と深く頷きダスバルは言葉を続けた。
「父親の力を引き継いだあいつがやっている。地上で戦いながら魔界も維持しているんだろう。魔界を創り出した父親も凄いが、あいつはそれ以上だな。」
言葉にならない嘆きの声を漏らしレイシェルは俯いた。魔界が存在する限り、ロレウスはそこで暮らす人間達の為に命を削っている。地上を彼らに開放しても、ロレウスがその役目から解放される事はないのかもしれない。
「そんなの、間違ってます。正しい命の循環じゃありません。」
レイシェルはロレウスの言葉を思い出す。「長を討ち魔界の皆が地上で暮らせるようになったら、私は残った一族を連れて新たな大地を探す旅に出る」とロレウスは言った。その時は自分についてきてほしい、とも。誰かの為に生きる事が、ロレウスの生きる道なのだと感じていたが、それはまさにその通りだったのだ。ロレウスの命は、魔界の人々の為にある。だが、旅立つ時が来たらあの時ロレウスに言いそびれた言葉を、「自分の為に生きてほしい」と告げようと誓った。


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