27へ29へ

28


ロレウスは神殿の奥を目指し走る。天井の高い廊下を、レイシェルを背に乗せたイルが滑空しながらその後に続く。だが、イルが気遣わしげにレイシェルを振り仰いだのに気付きロレウスは足を止めた。レイシェルは入り口の方を見つめている。
「どうした? レイシェル。」
「私、あの時飛び出さない方が良かったのでしょうか。」
ロレウスに視線を戻し、悲しげな顔をしたレイシェルにロレウスは首を振った。
「あそこでレイシェルが飛び出さなければ、今頃本物の水晶は奪われていただろう。レイシェルの決断は間違っていない。」
「でも、私は視えた未来を変えたかったんです。でも何も変わらなかった。あの人を救う事も、ロレウスの戦いを助ける事も出来ない。あの水晶は奪われ、あの人は命を落とす。ロレウスの戦いはもっと厳しいものになってしまいます。未来がわかっても私は何の役にも立たないんです。」
いつもそうなんです、と泣き出しそうな目をしたレイシェルにロレウスは手を差し出す。イルがロレウスに近付きレイシェルとの距離を縮めた。レイシェルの肩に手をかけロレウスはその目を真っ直ぐに見つめる。
「もとより過酷な戦いは覚悟の上だ。今から戦う敵はこれまでの敵とは違う。それにあの男は自分の力を過信し、連中を見くびっていた末の結果だ。私にもいい戒めになった。」
肩にかけた手に力を込めロレウスは言葉を続けた。
「辛い事をさせてすまなかった。全ては私の力不足だ。レイシェルが自分を責める必要はない。」
「ロレウス……。」
ロレウスの真摯な眼差しを受け、レイシェルはロレウスの手を取った。
「ありがとうございます。急がなきゃいけないのにごめんなさい。」
レイシェルの表情に安堵の笑みを浮かべ頷くと、ロレウスは表情を引き締め再び走り出す。ロレウスの行く手を阻むべく斬りかかってきた神官兵達をなぎ倒して進む。奥から今までとは比較にならない強力な魔力の存在を感じた。それは目覚めを求める声に従い徐々に、大きな力となって覚醒に向かっている。長を目覚めさせる儀式が始まっているようだった。長い廊下の突き当たりに、豪奢な装飾が施された大きな扉が見えてくる。間違いない、長がその奥にいる。ロレウスは剣を握り直して駆け寄ると扉を蹴破った。イルもレイシェルを庇いながら扉に突撃する。儀式が行われている広間は吹き抜けになっていて、高い天井に嵌められたステンドグラスが、広間中央に置かれた水晶の棺に複雑な模様を落としていた。儀式への闖入者に兵士達はいっせいに扉を振り返るとロレウスの姿を認め口々に叫ぶ。
「お前は、裏切り者の息子!」
「儀式の邪魔はさせんぞ!」
祈祷を行う神官を背後に庇いながら、兵士達はロレウスに剣を向ける。ロレウスも剣を抜く。イルはレイシェルを守るべく飛び上がると、天井近くから炎を吐きロレウスを援護する。斬り付けて来る兵士達を一振りで斬り伏せ、ロレウスは長が眠る棺へ近付いていく。だがその時、祈祷を行っていた神官が声高に叫んだ。
「長の邪魔はさせない! これで最後だ!」
神官が手にした杖を掲げると天井のステンドグラスが強い光を放つ。神官の杖に集まった光はあっという間に長の眠る棺を包んだ。目を射る強い光にロレウスは思わず足を止めマントで顔を覆う。イルも光を避けて床に降り立ち翼を広げ自分の目とレイシェルを庇った。棺を包んだ光はゆっくりとその蓋を開く。光がその中で眠る壮年の男の身体へと吸い込まれていく。
「おぉ……、グレデヴェル様……。」
神官の恍惚とした呟きにロレウスは顔を上げた。光が粒子となって棺の中へ吸い込まれていくのが見える。その光景にロレウスは目を疑った。それは、一族が力尽きた時に放つ光によく似ていたからだ。天井を見上げステンドグラスに描かれた絵を見つめる。その絵に込められた意味と力にロレウスは憤った。
「一族の生命を、お前は次の世代ではなく自分のために使うのか!?」
力尽きた一族の肉体はエネルギー体となって大地に還り、次の世代の全ての生命のために巡るのが定められた理である。それを長は自らの肉体と生命力を維持するためにこの部屋のステンドグラスを使って回収し続けていたのだ。収束して行く光に包まれながら、ゆっくりとグレデヴェルは棺から身体を起こし、己の手足を確認する。そして傍らに立つ神官と、虫の息で倒れている兵士達、剣を手に憤りの表情を浮かべるロレウスと、翼を広げ威嚇するイルへと順番に視線を移していく。恍惚とした表情で自分への言葉を待っている神官には目もくれず、グレデヴェルはロレウスを見遣った。
「久しいな、ヴァルジール。いや、違うな。お前は息子の方か。」
「いかにも。父はお前との戦いで命を落とした。」
怒りに拳を握るロレウスにグレデヴェルはにやりと笑う。
「惜しい事をしたな。あれは優秀な戦士だったのに、愚かな事をしたものだ。」
「愚かなのはお前達の方だ!」
ロレウスの叫びに興を削がれた表情を浮かべ、グレデヴェルは傍らに立つ神官に視線を移す。
「あれはまだ準備できていないのか。」
「はっ! あれ、とは?」
「もういい。役立たずめ。」
急に言葉をかけられ戸惑う神官にグレデヴェルは苛立ちを浮かべると右腕を払った。いつの間にか握られていた剣が神官の首を跳ね飛ばしていた。戸惑いを浮かべたままで転がって行く首の行方には興味を示さず、グレデヴェルは立ち上がり倒れている兵士達を見下ろす。
「ノレイヴァはどこにいる? 私の目覚めに合わせて準備を進めておくよう命じておいたはずだが。」
兵士の1人が剣を支えに立ち上がり、荒い息で答える。
「ノレイヴァ様は、ダスバル様と戦闘中でございます。ダスバル様が、裏切りを……。」
「ふん。どいつもこいつも。」
眉間に皺を寄せるとグレデヴェルは左手をかざす。次の瞬間、炎が放たれ倒れた兵士達を襲う。許しを請う声と断末魔の悲鳴が響いた後、広間は静かになった。兵士達の亡骸は光の粒に変わり、グレデヴェルがかざした左手に集まって消えていく。広間には、グレデヴェルとロレウス達が立っているだけになった。一瞬の内に起きた事にロレウスは身震いする。他者の命は自分のためにあると考えるグレデヴェルこそが魔王だと改めて思う。何のためらいもなく生命を利用するような敵に、多くを背負いそして未だ迷いを抱える自分が勝てるのか。光を全て吸収し満足げに笑うグレデヴェルにロレウスは戦慄を覚えた。
「お前は、部下の命を何だと思っている!」
「部下などしょせん捨て駒よ。変わりはいくらでもいる。失策を犯したにも関わらずこうして私の役に立てるのだ。光栄に思っている事だろう。」
剣についた血を振り払うと、グレデヴェルは言葉を続ける。
「で、お前はここへ何をしに来た?」
「お前を倒して魔界の結界を解き、地上を魔界の者達へ開放する。全ての命は平等に慈しまれるべきだ。」
ロレウスの言葉にグレデヴェルは愉快そうに笑う。
「ほう。では、その全ての命には、お前が守る者達を迫害した人間も含まれるのだな?」
迷いを突かれロレウスは険しい表情でグレデヴェルを見据える。ロレウスの反応にグレデヴェルは満足そうに唇を歪め笑う。
「ヴァルジールも同じ事を言っていたな。そしてこうも言った。『我々には贖罪の義務がある』と。」
意外な言葉にロレウスは訝しげな顔をする。
「贖罪? 何の事だ?」
「何だ、お前は知らないのか。一族の歴史を知らずに私に刃向かうとは何と愚かな。何も知らずに死ぬのも悔やまれるだろうから教えてやろう。我らが何故星間を巡り、命を育む使命を持つのかを。それを聞いても尚、私と戦うのか聞かせてもらおうじゃないか。」


27へ『誰がために陽光は射す』目次へ29へ