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29


グレデヴェルは先ほどまで自分が寝かされていた棺の縁に腰を下ろし、悠然とロレウスを見返す。剣を握る手に力を込めロレウスはグレデヴェルを睨んだ。話を聞かせようというのは、ノレイヴァが水晶を持って来るのを待つための時間稼ぎだろうと考える。魔力を増幅させた水晶をグレデヴェルが手にすれば、更に強大な敵となるのは明らかだった。余裕の笑みを浮かべ座っているグレデヴェルは一見隙だらけだ。だが、ロレウスを見据える目を見ればわざと隙を見せているのだとわかる。誘いに乗って斬りかかれば返り討ちに遭うのは明白だ。そしてグレデヴェルの視線はイルとその背にいるレイシェルの事も捕らえていた。二度とレイシェルを危険にはさらせない。話をさせて油断を誘い、水晶の力をグレデヴェルが手にする前に倒すしかないだろうと考えた。それにヴァルジールが言っていたという「贖罪」の意味も気になる。一族が罪を背負っているなら、尚の事自分達の使命を果たす旅を再開させなければならない。そして恐らくは一族の一部しか知らないその事実を広く知らしめる必要がある。ロレウスは剣をわずかに下げ無言で話を促した。グレデヴェルはゆっくりと語り始める。
「かつて、我が一族はこの星とよく似た大地に暮らしていた。少数だった一族の規模はだんだんと大きくなり、優れた魔力でその大地に君臨する一大勢力となったのだ。我らの持つ力に恐れをなした他の種族は我らに従い、逆らった種族は滅ぼされた。そうして星の頂点に立った一族の内部でも勢力争いが起きる。力の優劣による支配関係が生まれ、誰が星の全てを有するのかと争うようになった。星の支配権を巡る争いは大地の全てを巻き込んだ大戦争となったのだ。星に存在していた我が一族以外の生命は、長く続いたこの戦争で全て死に絶えた。そうして大地が荒廃しても、まだ一族の戦争は続けられたのだ。」
「何と愚かな……。」
嘆息を漏らしたロレウスにグレデヴェルは小さく息を吐き笑う。
「力ある者は全てを有し、力なき者は全てを奪われる。全ての命あるものはそういう運命にある。」
反論しようとしたロレウスに片手を上げて遮ると、グレデヴェルは話を続けた。
「戦争で多くの一族も命を落とした。やがて一族の者が死んでエネルギーが大地に吸収されても、大地は蘇らなくなっていた。その事に気付いた時には、もう一族も全滅に近い状態だった。星の生命エネルギーが完全に破壊されてしまったのだ。星に存在した幾多の生命だけでなく、星そのものも殺してしまった。生き残った一族は自分達の罪の重さに恐れおののき、償いのため安住の地を持つ事を許さず、星間を巡り、新たな命を育む旅を始める事にした。自分達の罪が許される日が来るまで。魔力を駆使して星から星へと巡り、とても生命が存在する事など不可能な星で、自らの身を死の危険にさらしながら大地に命を満たし、生態系を整えその循環を大地に定着させる。それがどんなに過酷な事か、魔界で安穏と暮らしてきたお前にはわかるまい。」
険しい顔で口を開きかけたロレウスを無視しグレデヴェルは拳を握った。
「我々はそんな危険な旅を長い間続けてきた。もう当初の戦争を知る者はいないというのに、いつまでこんな過酷な旅を続けなくてはならないのだ。もう我々は許されてもいいはずだ。祖先の罪のために我々が苦しむ必要などない。長い旅の果てに辿り着いたこの美しい星、これは許しの証以外の何物でもない。我々の贖罪は終わったのだ。」
ロレウスを見据えグレデヴェルは言葉を続ける。
「この星を我らの新たな母星とする。過酷な旅に終わりを告げ、我らはこの星で新たな歴史を作るのだ。」
「贖罪の終わりなど、我々自身が決める事ではない。」
ロレウスの言葉にグレデヴェルは顔をしかめる。
「ならば誰が我らを許すと言うのだ。当時の戦争を知る者は誰もいないと言っただろう。」
「星を命で満たす事は我らの使命だ。使命が終わる事などない。我々は命を生み出す力とそれを守る義務を持っているだけだ。」
「それはただのヴァルジールからの受け売りだろう。私とヴァルジールの戦いの最中に生まれ、生命を育む旅をした事のないお前に一族の使命を語る資格があるのか? 力を有する者はそれを行使する権利がある。それに最近、この星の生命達は我らが生みの親である事を忘れているようだ。我々創造主の存在を思い出させてやらねばならない。」
「そうして同じ過ちを繰り返すのか!」
ロレウスの叫びにグレデヴェルはにやりと笑う。
「そんな事はない。力ある者が複数存在したから星を滅ぼすような戦争が起きたのだ。この星を他の者に支配させはしない。私を超える力を持つ者が現れないよう監視し大地を統制する。私が永遠に最強の支配者であればいい。簡単な事だ。それに私は一族の長としてこの星を支配し、我が一族に安住を与える義務がある。」
「一族に安住だと? お前は自分が支配者でありたいだけだろう。」
「命を支配するのは命を生み出す力を有する者の権利であり使命だ。それに、我々にしか許されない魔力を持つ者を滅ぼし、大地の秩序を守るのが義務ではないのか。ヴァルジールはそこを理解していなかった。『全ての命は平等に慈しまれるべきだ』とあいつは言ったが、摘み取るべき災いの芽を守り匿う、それは大地の秩序を乱す行為であり長である私に対する反逆だ。私は大地に存在する命を守るべく反逆者ヴァルジールと戦い、魔力を持った忌むべき命を滅ぼすため手を尽くしてきた。」
ロレウスは剣に手をかけグレデヴェルを見据える。
「お前の考えには共感できない。お前達を滅ぼしこの大地を正しい循環に導く。」
「そうか、それは残念だ。」
たいして残念ではなさそうにグレデヴェルは答えると、入り口と反対側にある扉を指差した。
「ここでは狭くて存分に力を振るえないだろう。外へ出て戦おうじゃないか。目覚めたばかりの身体を慣らすのにお前ならちょうどいい。」


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