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ダスバルから水晶を奪い返すと、ノレイヴァは瀕死のダスバルにとどめを刺した。怒りのままにこと切れたダスバルの身体に何度も槍を突き立てる。グレデヴェルが眠りに就いてから一族の統率は乱れていた。ノレイヴァに長の代理は無理だと言わんばかりに、命令に背いたり反乱を起こす輩が増えた。
「くそっ!」
もはや原型を留めていないダスバルの亡骸を蹴りつけ、ノレイヴァは神殿の奥へ走った。無駄な時間を費やしてしまったと悔やむ。グレデヴェルが既に目覚めているのは気配で解った。ロレウスとの戦闘に突入した事も。グレデヴェル達に近付くにつれ身体を圧迫されるようなオーラを感じる。どうやらグレデヴェルが優位のようだ。この水晶をグレデヴェルが手にすれば、裏切り者の息子などもはや敵ではない。神殿奥、中庭へ通じる扉を抜けると、戦闘を繰り広げるグレデヴェルとロレウスの姿が見えた。ロレウスを睨み据えるとノレイヴァは木陰に身を潜め掌に魔力を集中させる。あの裏切り者の一派さえいなければ、グレデヴェルを眠りに就かせる事なく、この星を我々の新たな故郷とする事が出来たのに。一族の歴史をグレデヴェルから聞かされた時、ノレイヴァも自分達の贖罪は終わったと感じた。これ以上過酷な旅を続ける事に意味を見出せなかった。綺麗事としか思えない考えを振りかざす裏切り者達を心底憎んだ。気配を消し、自然の炎を使わず魔力のみで炎を生み出す。ノレイヴァの憎悪を反映したかのような黒い炎が燃え上がった。ロレウスに狙いを定める。グレデヴェルもロレウスも目の前の戦闘に集中しノレイヴァには気付いていない。ロレウスに奇襲をかけグレデヴェルから引き離す。この一撃で深手を負わせる事が出来れば尚良い。そしてグレデヴェルに水晶を渡す。培養された力がグレデヴェルの身体に定着するまではしばし時間がかかるだろう。その間自分がロレウスを引き付けておく。一族の今後の為に、長の手で裏切り者を討伐しなくてはならない。そしてグレデヴェルが最強で絶対の支配者でありノレイヴァはその右腕であるという事実を、広く知らしめる必要がある。ノレイヴァもグレデヴェル達の戦いに集中する。猛スピードで戦闘を繰り広げる2人の動きを追い、ロレウスに狙いを定める。剣戟と魔法の応酬の後、ロレウスが僅かに間合いを取った。今だ。思い知るがいい。どの世でも命に平等さなど存在しない事を。あるのは力による支配だ。ノレイヴァの手から黒い炎が放たれる。いち早くそれに気付いたグレデヴェルは舌打ちしながら距離を取る。グレデヴェルの動きに集中していたロレウスは反応が遅れた。目の前に迫る殺気を纏った黒い炎。驚く間もなく衝撃が身体に走る。
「ぐっ……!」
何が起きたのか解らなかった。突然発生した黒い炎、何かがぶつかる衝撃。その直後に弾けるように燃え上がった炎。熱波に苦悶しながら顔を上げる。黒い炎を受けたのは、上空に逃れていたはずのレイシェルだった。
「レイシェル!? イル! 何故下りてきた!」
レイシェルに駆け寄りながら叫ぶと、レイシェルの傍らでイルは悲しげな声を上げる。右目に小さな傷を負っていた。イルの視線の先、倒れたレイシェルの手に短剣が握られている。イルの目が経緯を語る。ロレウスの危険を察知したレイシェルはイルに下りるよう頼んだのだろう。そして主の命令を守り首を振るイルにレイシェルは斬り付けたのだ。ロレウスを助けるのだと。その想いはイルも同じだった。ロレウスの命令に反してでも、彼を助ける。急降下するイルの背からレイシェルは飛び降りた。間に合ってくれと願いながら。
「レイシェル!」
何が起きたかをおおよそ悟ったロレウスはレイシェルの手を握る。咄嗟に防御魔法を使ったようで、息はあるがそれでも全身に酷い火傷を負っている。呼びかけても苦しげな浅い呼吸をするばかりで返事は無い。
「レイシェル……。私が守らなくてはならないのに。」
レイシェルが握っていた短剣は、かつてロレウスが「決して使わせない」と約束したものだった。ロレウスはそっとその剣を取る。彼女に助けられてばかりだった。自分の迷いが、レイシェルをこんな目に合わせたのだ。目の前の守りたい者すら守れないくせに、魔界の住人達を守れるなどとどうして思っていたのだろう。誰も傷つけず、全ての命を慈しむなど出来はしないのだ。ならば、自分が守るべき者達だけを守ればいい。彼らを傷つけ損なおうとする者にまで慈しみを向ける必要などない。父の理想は、奴らの言う通り綺麗事だったのだ。
「レイシェル、イル、私は決めた。皆がこの世界で生きられるように、世界を創り変える。長共を討ち、邪魔な人間共を滅ぼす。」
傲慢も無知も罪だ。そして何よりも自分の弱さは最大の罪。自分に期待を寄せる皆に、この罪を償わなくてはならない。黒い炎を放った敵を探す。熱波を魔力のバリアで防ぐ痩せぎすな男がグレデヴェルの傍に立っているのが見えた。やはりあいつか。ロレウスはノレイヴァを睨む。奴がここにいるという事は、ダスバルは敗れたのだろう。グレデヴェルは戦いを邪魔され不機嫌な顔でノレイヴァを睨んでいる。
「余計な真似をしおって。」
「申し訳ありません。ですが一刻も早くこれを。」
「もう遅いわ。そんなものは後回しだ。今はこの戦いを楽しんでいるのだ。邪魔をするな。」
渡した水晶を叩きつけられノレイヴァは愕然となった。多くの者が眠りに就いたグレデヴェルと魔力を培養する水晶を守るべく力を尽くしている。それなのに。裏切り者一派の掃討と魔界の消滅は、安住の地を願う一族の悲願達成のため長がやらねばならない最重要事項だ。にもかかわらず、グレデヴェルはその戦いを楽しみ、ノレイヴァの力添えを踏みにじる。
「グレデヴェル様……。」
バリアを抜けロレウスに向かって歩き出そうとするグレデヴェルの背を見つめる。その姿にノレイヴァは威圧された。裏切り者の存在も一族の安住も、グレデヴェルにとっては取るに足らない事なのだ。グレデヴェルは力を持て余している。自分は長の右腕だと思っていた。だが、グレデヴェルにそんなものは必要ないのだと思い知らされた。グレデヴェルはロレウスに近付く。
「迷いを捨てたか。いい目だ。さぁ、私をもっと楽しませてくれ。」

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