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「楽しませるつもりなど無い。」
グレデヴェルを睨みながら、レイシェルに治癒魔法を施す。だがロレウスの治癒魔法ではレイシェルの傷を癒す事は出来ず、それ以上傷が進行しないよう留めるのが精いっぱいだった。一刻も早く戦いを終わらせ、魔界でもっと高度な治癒魔法を施さなくてはならない。
「すまない。すぐに終わらせるから、待っていていくれ。」
イルの背にレイシェルを預ける。レイシェルは辛うじて残る意識と力でイルにしがみついた。イルが再び上空へ飛び上がると、ロレウスは剣を構えグレデヴェルを睨み突進する。切っ先がグレデヴェルを捕えたかに見えた瞬間、グレデヴェルの短剣が眼前に迫る。紙一重で交わしざまに炎を放つ。ロレウスの炎を払い除けグレデヴェルは短剣を振り下ろす。グレデヴェルの短剣を剣で薙ぎ払い斬りかかる。攻撃を払われ体制を崩したままでグレデヴェルはロレウスの剣を受け止めた。鍔迫り合いからロレウスの剣を押し退けグレデヴェルが炎を放つ。炎を交わし体制を立て直すとすぐさまロレウスも炎を放つ。周辺の木々が燃え上がり熱風が二人を包む。飛び交う火の粉を軽く払いながらグレデヴェルは笑う。
「ようやく本気を出してきたか。そうでなくては面白くない。」
「お前を楽しませる気などない。」
剣を構え直し間合いをはかる。掌に生じさせた炎を剣に纏わせると跳躍しグレデヴェルに斬りかかる。躱されるのは計算の内、グレデヴェルが身を引いた先へ更に剣を繰り出す。ロレウスの剣を短剣で弾きグレデヴェルが斬りかかる。ロレウスは大きく身を引きグレデヴェルに深く斬りこませるよう誘う。ロレウスの胸元へ繰り出された短剣を躱し空いたグレデヴェルの腹部へ膝蹴りを叩き込む。不意を突かれたグレデヴェルはよろめきながらも蹴られた腹部を庇い立ち上がる。
「足を使うとは優雅な戦い方ではないな。余裕を無くしたか。」
グレデヴェルの挑発に応えずロレウスは再び斬りかかる。焦り始めているのは事実だった。グレデヴェルを倒して魔界を封じている結界を無効化しただけでは魔界の皆を救えない。地上にいる一族の残党や多くの人間達を掃討しなければならないのだ。もっと早くに地上の掃討を決断しなければならなかったのだ、迷っていた分の時間を取り戻さなくてはならない。この戦いに時間をかけている場合ではないのだ。ロレウスの剣をグレデヴェルが短剣で受け止める。攻撃を弾き返しては身を引きまた瞬時に斬りかかる。剣戟の響きが絶え間なく続く。鍔迫り合いから剣を引き炎を放つ。水や風を呼び炎を霧散させる。グレデヴェルの顔から笑みが消える。ロレウスの放った炎をグレデヴェルの風が散らす。熱風に顔をしかめたその時、グレデヴェルの短剣が喉元に迫った。咄嗟に身を引き剣を薙ぎ払った瞬間、右腕に痛みが走った。体制を崩したまま数歩引くとロレウスは血の流れる腕を視界に捉えながら払った剣を翻し斬り付ける。切っ先がグレデヴェルの肩を斬り裂いた。斬られた肩を見遣りグレデヴェルは憤りを露わにする。体制を崩し倒れこんだロレウスめがけ飛びかかろうとした瞬間、グレデヴェルの背後から雄叫びが響いた。目を血走らせたノレイヴァが槍を構えグレデヴェルの背に突進してくる。グレデヴェルはノレイヴァに向き直ろうとする。ロレウスは立ち上がり炎を放とうとする。予想だにしない攻撃に二人とも反応が遅れた。ノレイヴァの槍がグレデヴェルの背に迫る。だが槍は急降下してきたイルの攻撃に弾き飛ばされた。攻撃を遮断されノレイヴァは激昂する。
「邪魔をするな! 私がこの星の支配者になってやる!」
闖入者にグレデヴェルは忌々しげに顔をしかめる。
「愚か者めが。」
「イル!」
叫んだロレウスにイルは心配するなと言いたげに高らかな声を上げる。イルの背に目をやると、レイシェルはイルの背にしがみつき自分は大丈夫だと微笑んで見せた。レイシェルの強さと自分の不甲斐なさロレウスは唇を噛む。あれだけの大怪我をして大丈夫なはずがない。それでも気丈に微笑むレイシェルに感服する。イルとレイシェルの間で何が交わされたのかは解らないが、今は二人の気持ちに甘えさせてもらうしかない。自分はこんなにも弱い。ロレウスは剣を構え直しグレデヴェルとノレイヴァを睨む。
「誰にもこの星を支配などさせない。この星は我ら同胞のものだ。」
ノレイヴァは水晶を掲げ甲高い声で笑う。
「長を倒せばこの石に込められた力は誰のものでも無くなる。私がこの力を手にして最強の支配者になるのだ!」
ノレイヴァは槍を構えグレデヴェルに突進する。イルがノレイヴァの足元に炎を吐き攻撃を阻む。ノレイヴァの相手をイルに任せロレウスはグレデヴェルに向き直る。冷静さを欠いたノレイヴァなどイルの敵ではないだろう。自分の敵はグレデヴェルただ一人。味方が増えたロレウスに対し敵が増えたグレデヴェルは苛立たしげに唇を歪める。
「どいつもこいつも。今一度私の力を知らしめる必要があるな。」
斬りかかるロレウスの剣を弾き返し炎を放つ。弾かれた剣に炎を纏わせグレデヴェルの炎を吸収しそのまま剣を振り下ろす。短剣でロレウスの剣を受け止め押し返す。一歩引いて剣を真っ直ぐに構え突き出す。ロレウスの剣を躱したグレデヴェルの足先へ炎を放つ。風を起こしてロレウスの炎を散らすとグレデヴェルは短剣をロレウスの胸元へ繰り出す。身を引いてグレデヴェルの攻撃を躱し膝蹴りを繰り出す。見切ったとばかりにさらりと蹴りを躱しグレデヴェルは炎を放つ。剣に纏わせた炎でグレデヴェルの炎を払い斬りかかる。辺りは二人が放った炎に焼かれ赤く揺らめいていた。陽炎のごとく揺れ火の粉が舞う。その向こうから男の断末魔が響いた。ちらりと目をやると、イルの爪がノレイヴァの喉を引き裂いた所だった。
「最後まで使えん奴め。」
舌打ちしグレデヴェルは短剣を構え直す。イルが水晶を掴んでロレウスの元に向かってくる。炎を吐きグレデヴェルを牽制する。
「それを返してもらおうか。」
グレデヴェルがイルに炎を放つ。背にしがみつくレイシェルが振り落とされないよう気を配りながらもひらりと躱しイルが炎を吐く。迫る炎を防ごうと隙の出来たグレデヴェルの背にロレウスは斬りかかる。グレデヴェルが炎に向かって水を呼ぶと同時にロレウスを振り返って剣を受け止めようとする。だが、イルの炎はグレデヴェルが呼んだ水の勢いを遥かに上回っていた。グレデヴェルの背に火炎が襲い掛かる。ロレウスの剣が胸元に迫る。受け止められた短剣を弾き落とし、剣はグレデヴェルの胸を貫いた。
「お……のれ……!」
顔を歪め苦悶の声を上げたグレデヴェルにロレウスは厳かに告げる。
「お前達の過ちを思い知れ。」
グレデヴェルを貫いた剣をそのまま斬り上げる。胸から斬り裂かれたグレデヴェルの身体が血を噴き上げながら崩れ落ちる。留めとばかりにイルが炎を吐きかける。火炎に包まれしばらく呻いていたグレデヴェルは、やがて地に倒れ伏し動かなくなった。グレデヴェルの身体が光の粒となって崩れ去り、大地に吸い込まれていく。息を整えながらそれを見据えていたロレウスは静かに口を開いた。
「目的の一つは達成した。だがこれで終わりではない。」
イルに歩み寄りロレウスは悲痛な顔をする。イルの背でぐったりとしたレイシェルは息をしてはいるものの、ロレウスがそっと触れてもぴくりとも動かなかった。
「一旦魔界に戻ろう。ギャバンにレイシェルの治癒を任せて、新たな戦いを始める。結界が本当に無くなったかどうかも確かめなくては。」
イルは小さく鳴いてロレウスの腕の傷を舐めた。心配ない、かすり傷だと答えながらも、そんな小さな傷すら治癒出来ない自分の無力さを呪った。


               第一部・終


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