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「えっ?」
「ごまかしても無駄だ。俺が張った結界に一族以外の者が単独で入り込んだのを感じた。水鏡で見張っていたらお前が入って行くのが見えた。お前、何者だ?」
あの見えない力は結界と呼ぶのか。神殿に祭っていた何かを守る為に部外者の侵入を阻んでいたに違いない。この男から情報は得られるだろうか。それには自分の事と、神殿で見たものを正直に答える必要があるだろう。一瞬のうちに考えを巡らせぽつぽつと話し始める。
「俺はアルバスといいます。バーンレイツで学者の父と暮らしていました。旅をしてきたロレウスって人に会って、父が神官達の異端審問にかけられた所を助けてもらったんですが、その時に俺が不思議な力を発揮して髪と目の色も変わってしまったんです。それで創世神話の事を調べようと思って神殿に入ったけど誰もいなくて、何かを祭ってあったらしい祭壇にも何も無かったです。最近持ち出されたような感じでした。あとは、奥の部屋で誰かの手記を見ました。俺には難しくてほとんど読めませんでしたが。かろうじて『我々は誤った』とか『ここが終焉』『滅ぼす』と書いてあるのが読み取れたぐらいです。最近まで誰かがあそこで暮らしていたんだろうと思いました。」
男の顔を見上げアルバスは思い切って問いかけた。
「あの神殿に住んでいたのはあなたですか? あなたやロレウスって人は何者なんですか? あの神殿は何なのでしょう? どうして誰も入れなかったのに俺は入れたんでしょうか?」
思わず身を乗り出すアルバスを男は片手で制する。
「落ち着け。俺はセドザだ。昔あの神殿を建てた時に結界を張って以来立ち入っていない。俺達にとって大事な物を守っていたんだが、先日持ち出されたようだな。見たわけじゃないからはっきりした事は言えんが、事態が大きく動いたのは確かだ。」
「事態が動いたとは? あそこで一体何を守っていたんですか?」
「お前が知ってどうする。」
「俺は知りたいんです。誰も入れなかった神殿の結界ってやつをどうして俺は通り抜けられたのか。バーンレイツに現れたロレウスって人は本当に魔王なのか。創世神話は本当に正しいのか。」
その言葉にセドザは大きく顔をしかめた。
「やはりこれ以上ここに留まるべきではないのかもな。」
「どういう事ですか?」
「お前には関係の無い事だ。」
「でも俺は創世神話とか魔王を巡る事態に巻き込まれているんです。無関係じゃありません!」
勢い込んで眼帯とバンダナを外そうとするのを「解っているからいい」と制しセドザはため息と共に首を振る。
「俺が教えてやれるのはあの神殿はもう無意味だって事くらいだな。他の神殿にもお前の知りたい事が記されているかどうかは甚だ疑問だ。」
「そんな!」
「長が裏切り者一派を制圧した後、創世神話を作り上げ世界に正史として伝え残した。以来この世界で俺達は絶対の力を持った創世神で、裏切り者一派は恐怖と災いをもたらす魔王軍というのが正しい歴史になった。」
「でも父は、創世神話には矛盾や腑に落ちない点があると言って調査していました。それに神官達は創世神話を利用して横暴な振る舞いを続けています。神話が誤りだと解れば、神官達の横暴を止められるかもしれません。」
「事実を捻じ曲げた記録だ、そりゃ矛盾も出てくるだろう。それと俺がさっきあいつらを嫌いだと言ったのは正にそこだ。奴らの振る舞いは俺達としても見過ごせん。」
セドザは運ばれて来た茶を一口すすり再び深いため息を吐いた。
「だがな、世界を危機から救った魔大戦が単なる内輪揉めだったなんて誰が書き残す? 歴史ってのは勝者の記録だ。誰が見ても正しい歴史など存在しない。修正は不可能だ。」
アルバスは拳を震わせ俯く。これからずっと神官達に怯え、奇異な色の髪と目を隠し人目を避けながら生きて行かなくてはならないのだろうか。エルセンの行動は無意味なものになってしまうのか。
「まぁ、そう落胆するな。事態は変わっている。確かめなくてはならん事がたくさんあるし、ロレウスの動きも注目せねばならん。お前は奴に会ってどう感じた?」
見た事のない生き物を従えた銀髪の青年を思い返す。誰も虐げられたりしない世界を作るのだと言い、エルセンを救ってくれた彼が、世界に災いをもたらすような存在であるはずがないと感じた。それにアルバスが発揮した力の事を知りたければ、剣と魔法の腕を磨いて自分を追って来いと言っていた。顔を上げセドザを見据える。
「あの人は、悪の魔王なんかじゃないと思います。さっき『裏切り者一派』とか『内輪揉め』って言いましたね? やっぱり創世神話は間違っていて、俺達が持った力も忌避されるようなものじゃないんでしょう? だけど、それを証明する手段は無い。」
セドザは茶を一息に飲み干し不思議そうにアルバスを見つめ返す。
「別にそこを証明する事にこだわらんでもいいんじゃないのか? 自分が生きる場所を自分で切り開けばいいだろう。世界がどうあろうと関係ない。」
困惑するアルバスに自嘲気味に笑う。
「まぁ、これは一族の中で問題児扱いされてる俺の考えだ。気にするな。」
勘定を店員に促し立ち上がるとアルバスを励ますように笑った。
「じゃあな。茶でも飲んで出港までゆっくりしてろ。」
「あっ、お茶と乗船券の代金払います。」
慌てて立ち上がるアルバスにセドザはひらひらと手を振る。
「退屈していた所に面白い事態をもたらしてくれた礼だ。それに世界を変えたいんだろう? 利用できるもんは利用した方がいいぞ。」
「世界を、変える。」
その言葉に、自分の旅の重大さを改めて感じる。バーンレイツで神官に怯えながら暮らす人々を、創世神話の真実を探ろうとするエルセンを、自分のような力を持ち苦しむ人々を助けたい。それは、世界を変える事なのだ。
「じゃあありがたく使わせて頂きます。俺の方こそ貴重な話をありがとうございました。」
喋り過ぎたなと笑いながらセドザは店を出て行く。深々と頭を下げ見送ると、アルバスは腰を下ろしようやく茶に口をつけた。乗船券を取り出し見つめる。西の大陸に向かう船、世界を変える旅が本格的に始まるのだ。情報や助けを得られるのもここまでだろう。これからは自分で道を切り開いていかなくてならない。捻じ曲げられた事実を正すのは不可能だとセドザは言った。だが、もしかしたら彼もそんな世界を正したいのではないかと感じる。世界の真相、その断片に触れられた興奮と自分に何が出来るかという不安に揺さぶられながら、アルバスは出港の時を待った。


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