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ほっと息を吐き、アルバスも眼帯を外した。警戒を解いたアルバスに安心しスーはじっとアルバスを見据える。
「私の名はスー。さっきも言ったようにこの集落をまとめている。ここには他に十数人ほどの同胞達が暮らしているんだ。神官達が『魔力』と呼ぶ不思議な力を持ち、居場所を無くした者達だ。良かったら、君の事を聞かせてくれないか。自分の力に気付いたのはいつか、どんな風に旅をしていたのか。」
頷いてアルバスは姿勢を正す。力を発揮し旅立ったのはほんの数日前なのに、もう遠い昔の事のような気がした。
「俺はアルバスといいます。つい先日まで海の向こうのバーンレイツに住んでいました。父は学者で、創世神話に疑問を抱いた事で神官にずっと目を付けられいて、先日ついに異端審問にかけられたんです。街の人はみんな父を慕っていたのに、横暴な神官に煽られて父を『化け物』と罵り攻撃し始めました。それで腹が立って、気が付いたら雷を操って街の人や神官を攻撃していました。力を発揮したのはその時が初めてで、同時に目と髪の色も変わってしまったんです。」
「その目や力は生まれた時からではない、という事か。」
驚いたように呟くスーに頷く。
「はい。学者の父は本当の父親ではなくて、物心ついた頃には別の男の人に連れられて旅をしていました。その人は今の俺と同じ目の色をしていて、おそらくこの人が本当の父親なのだと思います。小さい子供を連れて危険な旅はできないと、道中で出逢った学者の父に俺を託して別れたきり会っていません。」
「なるほど。実の父親の想いが君の力の発動を抑えていたのかもしれない。それに、良い人に巡り合えたのだな。この世界もまだまだ捨てたもんじゃない。」
「えぇ。横暴で王様よりエラそうな神官には腹が立ってましたけど、あの日まで俺は幸せに暮らしていました。」
唇を噛み俯く。実の父ジュレイドは、養父エルセンは今頃どうしているだろう。ふいに滲みかけた涙をごまかすようにアルバスは勢いよく顔を上げた。
「そうだ、異端審問が行われた日、不思議な人に会いました。男女二人の旅人で、『誰もが脅かされたり、殺されたりしない世界を実現する為に旅をしている』と言っていました。その男の人は俺が力を発揮した直後に黒髪から銀色の髪になって、連れていた馬も見た事無い生き物に変わって、俺と父を神官達から守ってくれました。神官や街の人に『魔王』と名乗って『神を討ちに来た』と言っていたけど、神話にあるような恐ろしい存在だとは思えませんでした。」
「先日、近くの神殿が騒がしかった事と関係がありそうだな。『ついに魔王が現れた』と騒いでいた奴がいた。」
スーが淹れた茶を一口すすりながら頷き、一連の出来事を思い返しながら話を続ける。
「それから翌日、この力の事や創世神話の事とを調べる為に旅を始めたんです。俺はもちろん、父もあの街にはもういられないので。父は俺を連れて旅立つつもりだったようですが、俺と一緒にいるときっと危険な目に遭うと思って、一人で行こうと決めました。真っ先に街の西にある神殿を調べたんですけど、それまで不思議な力に阻まれて誰も入れなかった神殿に俺は難なく入れたんです。神殿は無人でしたが、最近書かれたらしい手記を見ました。古代文字で書かれてて断片的にしか読めなかったんですけど、『我々は誤った』とか『全て滅ぼす』とか書いてありました。その後、大昔にその神殿を建てて、結界っていうのを張って神殿を見張っていたという人にも会いました。その人は『創世神話は事実を捻じ曲げた記録だ』とか『事態が動き始めた』と言っていました。」
アルバスの話にスーも身を乗り出す。
「興味深い話だ。するとやはり創世神は実在すると考えていいのだろうな。神話では魔大戦の後天界へ帰ったとされているが、本当は今もこの地上にいるという事か。しかし何の為に? 君の話から推測すると仲間割れを起こしてもいるようだな。」
しばらく何かを考えるように沈黙していたスーだが、アルバスの眠そうな表情に気付き腰を上げた。
「すまない、もう夜更けだな。いっぺんに色々な事が起きて疲れただろう。しばらくここにいるといい。君の話をもう少し聞きたいし、君の知りたい事がここにもあるかもしれない。」
「はい、助けて頂いた上に色々とありがとうございます。」
てきぱきと寝床を整えるスーを手伝いながら深々と頭を下げる。
「礼には及ばない。ゆっくり休みな。私は隣の部屋にいるから、何かあったら呼んでくれ。」
「はい、ありがとうございます。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
灯りを消したスーが部屋を出ると、アルバスは大きく息を吐く。同じ力を持っているスーや集落の人々は信用しても大丈夫だろう。ジュレイドやエルセンの事、これからの旅への不安、様々な想いを巡らせながらアルバスはいつの間にか眠りに落ちていた。
アルバスが持つ重要な情報に高揚したスーは、部屋の前に立つ人影に気付き声を潜めた。
「立ち聞きとは趣味が悪いな、トーマ。」
呼ばれた青年はばつが悪そうに頭を下げる。
「よそ者が集落に来るのは久しぶりなので、スー様の事が心配で……。すみません。」
スーは首を振りため息を吐いた。アルバスの話に熱中するあまり、立ち聞きするトーマに気付かなかった自分にも非はある。
「まぁいい。こんな時間に何の用だ?」
「あの少年は信用に値しますか?」
表情を引き締めたトーマを真っ直ぐに見返す。
「彼は同胞だ。あの目を見ただろう? それに立ち聞きしていたなら解ると思うが、彼は私達の命運を握る重要な存在になるだろう。」
ただし、とスーは表情を引き締めトーマを睨み据える。
「彼には彼の旅の目的がある。私達と運命を共にするかは彼自身が決める事だ。」
反論しかけたトーマを更に睨みつけるとスーは静かに言い放つ。
「同じ道を行かなくとも、私達は同胞だ。彼も、お前も。」
スーの強く悲しい目つきにそれ以上何も言えず、トーマは深く一礼し小屋を後にした。自室に戻ったスーは月明かりに照らされた集落を見つめる。深い山中の森にひっそりと佇むいくつかの小屋。同じ境遇の者が集まり、苦しみを分かち合い、身を寄せ合って生きてきた。自分が集落をまとめるようになってからも、それは変わらないはずなのに。
「共に生きる、それだけの事がどうしてこんなにも難しいのか……。」


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