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「怪我はないか?」
無言で頷いた少女を背後に庇いロレウスは神官達を見据える。
「忌まわしき魂を持つのはお前達の方だ。」
「貴様、神聖な儀式を妨げるとは許さんぞ! 神の裁きを受けよ!」
リーベルはゼストを庇うように立つと腰に帯びた短剣を抜いた。慣れた手つきで剣を構えるとロレウスに斬りかかる。渾身の力を込め振り下ろされた剣をロレウスは難なく受け止める。
「この美しい世界にお前達のような輩は似つかわしくない。」
リーベルの剣を軽く弾き返すと、ロレウスは瞬時に体勢を崩したリーベルの胸元へ剣を突き刺した。
「がはっ……!」
法衣を赤く染め倒れるリーベル。苦悶の声を上げるリーベルを一瞥するとロレウスはゼストを見遣る。ゼストは青ざめて震えていた。
「神官に、剣を振るうなど、ば、罰当たりな! 神の裁きを受けるがいい!」
「か弱き少女の自由を奪い殺めようとする者に裁きは与えられないのか。」
「あやつは人間ではない! 神に仇なす忌まわしき力を持っておる! 存在そのものが罪、葬り去らねばならぬ魔物じゃ! 魔物を滅するのは、我ら神官が神より与えられた崇高な使命−」
ゼストはそれ以上言葉を続ける事が出来なかった。ロレウスに剣を喉元へ突きつけられ硬直している。呻き声を上げるリーベル達を指差しロレウスは言い放つ。
「早急にあいつらを連れてこの場から立ち去れ。」
「か、神の裁きを受けよ!」
震えながら捨て台詞を吐き、ゼストはゴードンを立たせると荷車に瀕死のリーベルを乗せて退散して行った。ロレウスはゼスト達の背を睨みながら剣を振り、付着した血を振り落とす。
「早急に剣の手入れをしなくては。つまらぬ血を吸わせてしまった。」
剣を鞘に納めロレウスは少女を振り返った。目の前で残虐な光景を繰り広げたロレウスに対し、怯えや嫌悪の色は見えない。ロレウスを真っ直ぐに見据え少女は口を開いた。
「助けて頂き、ありがとうございます。」
「私が怖くはないのか?」
「彼らはこうなる運命でした。貴方が現れる事も私にとっては既知の事でした。」
「その瞳……未来が見えるのか? その力故にこのような目に遭っていたのか。」
「はい、ごく近い未来の事が見えます。あと治癒の力も少々。人間には無い力です。ですからこのような事には慣れています。」
ロレウスは改めて少女の色の異なる瞳を見つめる。紫水晶のような、澄んだ淡い光を放つ瞳。それとは裏腹に少女の放つ雰囲気は濃い影が射していた。人間とは異なる容姿と力。それ故に異端視され疎まれ、追われ続けてきたのだろう。痩せ細った身体と空虚な眼差しが、少女の苦難に満ちたこれまでの人生を語っていた。地上にもまだ彼女のような者がいて人間達に苦しめられている。
「一族の過ちは未だに痕を残しているのか。」
忌々しげに呟くとロレウスは少女を見つめた。魔界に匿おうかとも考えたが、彼女の力はかなり強く結界に阻まれてしまうだろう。しばらく逡巡した後、ロレウスは少女に問い掛ける。
「君の名前は?」
「レイシェルと申します。」
「私と共に来ないか? レイシェル。私は過ちを犯した創世神の長を討って一族を滅ぼし、この世界を我らが同胞へ解放する為に来た。」
レイシェルはロレウスを見つめ返す。ほんの一瞬、悲しげな色を瞳に浮かんだがロレウスがそれに気付く前にレイシェルは頷いた。
「はい。あなたについて行きます、魔王様。助けて頂いた恩返しに、私の力をお役に立てましょう。」
ロレウスは小さく微笑む。
「ロレウスと呼んでくれ。今の私は一介の旅人だ。」
「ではロレウス、あなたについて行きます。私を助けて下さったのはあなたが初めてです。」
一瞬、レイシェルの表情にごく微かな笑みが浮かんだような気がした。瞬く間に消えたそれをロレウスはもう一度見たいと思った。魔界に住む者達は、一族を憎み人間を憎みながら生きているが、笑い合い支え合い、愛し合いながら生きている。絶望している者は一人もいなかった。だが、レイシェルにはそういう相手はいなかったのだろう。まだ若いレイシェルの表情は硬く凍りつき、瞳に浮かぶのは虚無。恐れられ疎まれて生きていく中で、笑う事も泣く事も憎む事すら忘れ、追われるままに淡々と生きているのであろうレイシェルを救いたいと思った。



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