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「では行こう。この近くにある古い神殿にかつて私の父が一族と共に暮らしていたらしい。長の行方の手掛かりが掴めるかもしれない。」
「はい。あの神殿には古代の神々の教えや創世神話について記述された書物や絵画があるそうです。巡礼者も盛んに訪れていて、それらの神話を信仰し人々は行動しているようです。」
「その書物に真実が記されているとは思えんな。」
ロレウスは眉をひそめ呟くとイルを呼び寄せた。木陰から現れたイルをレイシェルはじっと見つめる。
「見た事のない生き物だわ。とても聡明そうな目をしていますね。」
「やはりレイシェルに幻視魔法は通じないか。魔界で独自に進化した竜の一種で名をイルという。幼い頃から共に育った相棒だ。イル、彼女はレイシェル。私達の戦いを助けてくれる治癒魔法の使い手だ。私は治癒魔法が苦手だから助かるな。」
イルはお辞儀をするようにレイシェルの手に額を寄せる。
「イルもレイシェルを気に入ったようだ。イルは滅多に他人には心を許さない。」
レイシェルの左目を青く見せる幻視魔法を施しイルの背に乗せる。ロレウスはレイシェルの後ろに座り手綱を握った。ふわりと体重を感じさせない動作で、イルは2人を乗せて森の上空へと浮上した。
「しっかり捕まっているのだぞ。」
ロレウスは左腕でレイシェルを抱えるようにして支える。レイシェルは落ちないようロレウスの腕にしがみついた。木々が太陽の光を受けて鮮やかに輝いている。人間の街や村が点在しているのが見え、遥か彼方には海が空の青を映しきらきらと揺らめいているのが見える。初めて見る上空からの景色にレイシェルは小さく感嘆の声をもらした。ロレウスは安堵する。まだ、レイシェルの心は損なわれていない。魔界の人々の手に地上を取り戻せたら、レイシェルの居場所を作る事が出来たら、彼女は笑えるようになるだろうか。
広大な森の南側に古い大きな神殿が見える。森を越えるとロレウスはイルを降下させた。イルの背にレイシェルを乗せたまま、ロレウスは手綱を引いて神殿を目指し歩く。
門の前に辿り着くと、年老いた神官が微笑みながら2人に声をかけてきた。
「巡礼ですかな?」
「あぁ、そうだ。入れるかい?」
「どうぞどうぞ。長旅お疲れ様でござった。厩がこちらにありますので、馬をお預かりしましょう。」
「懐きにくい奴だがよろしく頼む。」
「かしこまりました。神のご加護がありますように。」
イルを神官に預けるとロレウス達は神殿に足を踏み入れた。
「預けてしまって大丈夫だったのですか?」
レイシェルの言葉にロレウスは頷く。
「人間の目には馬にしか見えないよう幻視魔法をかけてある。それにイルは利口な奴だから何かあったら自分で脱出してくるだろう。」
何事もないかのように飛竜を厩へ連れて行った老神官の様子を思い出し、感心したようにレイシェルは呟く。
「本当に人間には馬に見えているのですね。」
「あぁ、私が解かない限り効力が消える事はない。レイシェルの左目も青く見えている。」
いつもは眼帯で左目を隠していたが、今は着けていない。それでも先程の神官はレイシェルの目を見つめ微笑みかけてきた。あんな事は初めてだった。すれ違う神官や巡礼者達も微笑みながらロレウス達に会釈をしていく。戸惑いを隠せないままレイシェルはロレウスの後について歩く。神殿内には神々をかたどった彫像が陳列され、壁のいたる所に神々の行いや戦いなどについて語る絵画が飾られていた。ロレウスは創世神話から魔大戦と呼ばれる戦いを描いた大きな絵画の前で立ち止まる。解説文に目を通し、顔をしかめた。


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