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スーの勧めでしばらく集落に留まることにしたアルバスは、スーに集落を案内された。小さな集落を回り住人に声をかける。新参者に警戒する者、同志だと快く受け入れてくれる者と反応は様々だった。木々の隙間から射すわずかな陽射し、いくつかの小さな畑、共同の井戸と洗い場、点在する質素な小屋。それ以外に目を引くものはない。深い森の中の少しだけ開けた場所に、身を寄せ合って暮らしているのだ。集落を一周した後、スーは問いかける。
「もしかして、アルバスはまだ力を制御できないんじゃないか?」
狼に襲われた時のことを思い返しアルバスは頷く。雷を呼んで追い払おうとしたのに、全く何の反応も示さなかった。むやみに力を振るうべきではないが、いざという時に使えないのでは困ってしまう。
「力が使えるようになったばかりならそうかもしれないね。私が独自に考えた理論だが、よければ力の性質や使い方について伝えたい。」
「はい、よろしくお願いします。何から何まですみません。」
「気にするなって。そんなにかしこまらなくていいよ。」
朗らかに笑うスーの力強い横顔に、若い彼女が集落の長として慕われる理由がわかる気がした。スーの家に戻り座卓の傍に腰を下ろす。スーは考えをまとめるように何やら呟きながらアルバスの向かいに座った。
「ここで暮らし始めて、同じような力を持つ者が集まって、集落が出来上がった時に考えたんだ。この力は一体何なのだろうって。知った所でどうにもならないけど、自分を肯定するためには必要かもしれないと思ってね。それで皆にも話を聞いて仮説を立てた。この力は大地に由来するもの、自然の力を借りているんじゃないかって。」
「大地に由来する力、ですか。」
「そう。例えば火や風を起こしたり、雷や水を呼んだりする。傷を瞬時に癒したり、他の生き物と意志の疎通をはかったりする。これは自然の中に存在する力だ。私達は、大地の力を分けてもらったのではないかと考えている。」
それは魅力的な考えだと思った。大地に由来する力なのであれば、神官達が主張するような邪悪で忌まわしい力なんかではないと言える。頷いたアルバスにスーは微笑む。
「だから、大地の理に反する事、例えば死んだ者を蘇らせたり、時間を戻したりする事はできない。あくまでも大地の力を少しだけ借りて引き出しているのだと思うんだ。どうしてその力がごく一部の者だけしか使えないのかは、分からないままだけどね。」
そういえば、とアルバスはバーンレイツを出る直前に会ったセドザと名乗った人物の言葉を思い返した。
「そういえば、バーンレイツの神殿を見張っていたという人は、『これ以上ここに留まるべきではないのかも』と言っていました。俺達が不思議な力を持った事と関係があるのかもしれません。」
「なるほど。創世神が実在するなら、その強大過ぎる力の影響を受けてしまったという可能性は充分に考えられるな。」
「それって、証明する手立てはないでしょうか。」
「証明? 神官達にかい?」
「えぇ。この力が創世神の影響ならば、神官達が俺達を迫害する理由はなくなるんじゃないでしょうか。」
「どうだろうなぁ……。」
眉を寄せスーは考え込む。しばらく目を閉じ考えを巡らせ、静かに首を振った。
「止めておいた方がいいんじゃないかな。確かに迫害する理由はなくなる。だが、放っておいてはくれないと思う。今度は神官の権力強化に利用されるだろう。今よりもっと辛い事になるのが目に見えている。」
バーンレイツの神官達の振る舞いを思い返し、奴らならやりかねないと暗澹たる思いに包まれる。
「なら、俺達はずっと力を隠して逃げ回らなくちゃいけないんでしょうか。」
「アルバスは、この力をひけらかしたいのか?」
真っ直ぐに見据えるスーの言葉にアルバスは戸惑う。望んで得た力ではない。この力を役立てたいというわけでもない。だが、この力がある限り神官達に追われ生命を狙われる。そんな中で、力を使わずに生きる事などできるのだろうか。逡巡し黙ってしまったアルバスにスーは慌てて手を振った。
「責めたわけじゃないんだ、すまない。力を隠し通せれば、追われずに生きて行く事は可能だと思うんだ。」
真紅の目を手のひらで覆いスーは言葉を続ける。
「目の色は眼帯で隠せるし、植物から髪を染める染料も作れる。力さえ発揮しなければ、誰も私達を異端視しない。そのためにも、力を制御できるようになった方がいい。」
「確かに、神官の横暴を止めるのに、力に力で対抗するのは良くないですね。」
スーは頷いてアルバスを見据えた。
「うん。何かもっと別の方法でどうにかできないかと考えているんだ。そのためにも、やたらめったら力を発揮しない方がいいと思う。それで制御の仕方を自分なりに覚えたんだ。力に対する考えはどうあれ、集落の皆に力を制御する方法を教えてきた。アルバスにもそれを伝えたいと思うんだがどうだろうか?」
「ぜひ、教えて下さい。」
思い返せば、他人の前で力を発揮したのは怒りに任せてのものだった。憤りのままに力を発動していては、恐れられても仕方ないだろうとも考える。アルバスの返答にスーが安堵の笑みを浮かべた時、別の声が響いた。
「僕にも手伝わせて下さい。」
「トーマ?」
小屋の入り口に立っているトーマに、スーは困惑しながら視線を移す。「失礼します」と一礼し、トーマは小屋に上がってスーとアルバスに近付いた。先ほど集落を回った時、トーマは不在だった。不穏な考えを持つというトーマに突然対面し、アルバスは思わず身構える。
「アルバスさん、ですね。お話は一通りスー様から聞かせて頂いています。突然辛い目に遭われたそうで、心中お察し致します。僕はトーマ、あなたと同じく雷を呼べる力を持っています。僕も微力ながら、同志の為に力添えが出来ればと思います。」
微笑を浮かべトーマはアルバスを見つめた。スーから彼の不穏な考えを聞いていたアルバスは、真意の読めないトーマの微笑に困惑する。スーに視線を移すと、スーも困惑顔でトーマを見つめる。
「お前がそう言うなら、協力してあげてほしい。本当にアルバスを同志だと思っているのなら。」
「もちろんです。では、よろしくお願い致します。じゃあ、さっそく訓練を始めましょうか。」
微笑を浮かべたまま即答したトーマに、スーもアルバスも困惑したまま頷いた。小屋を出て森の奥へ向かう。万が一アルバスの力が暴走した時、集落に被害を出さない為だ。小屋や畑のある場所から充分に離れ、スーはアルバスを振り返る。
「それじゃあ始めようか。まずは気持ちを充分に落ち着かせるんだ。この力は大地に由来するのものと考えれば、生命の危機や怒りといった、本能に繋がるものの影響を受けやすいだろう。」
「確かに、俺がこれまで力を発揮したのは怒りに任せてのことでした。無我夢中だったから、バーンレイツでは無関係な人にまで怪我を負わせたかもしれません。」
あの時の、周囲の怯えた顔と、雷を受けて焼け崩れた建物を思い返す。もし、力を発揮したのが他人だったら、自分も同じ目を向けたかもしれない。深呼吸するアルバスにトーマが口を挟む。
「この力は、大地が与えてくれた大切な力です。うまく使いこなせれば、神官や無力な人間達など敵ではありません。」
「トーマ。アルバスは力を使えるようになったばかりだ。まだそんな話をする時じゃない。」
スーの鋭い視線を受けトーマは軽く頭を下げる。
「出過ぎた真似をしまして申し訳ありません。でも、アルバスさん。これだけは覚えておいて下さい。この力は、誰にでも扱えるものじゃない。僕達がこの力を使えるのは、崇高な目的の為なのです。」
「トーマ!」
スーに深々と一礼すると、トーマはアルバスを見据えた。
「アルバスさん、貴方はまだ力に目覚めたばかり。知らない事の方が多いでしょう。これまで僕達が受けてきた苦しみや屈辱、恐怖も。貴方がこちら側に来られた事を歓迎します。同志の数は多ければ多いほどいい。」
「トーマ、止めないか!」
「申し訳ありません。どうやらまだ、僕の出る幕ではないようですね。」
アルバスを見据えたままトーマは言葉を続ける。
「そういえば、貴方によく似た男性がこの集落に滞在していた事がありましたよ。」
「えっ!?」
「でもここに馴染めずに数日で去って行きました。お元気だと良いのですが。」
では、と一礼しトーマは集落の方へ戻って行く。その男性とは、実の父ジュレイドかもしれない。本当にここにいたのだろうか。トーマの背を軽く睨みながらスーは口を開いた。
「確かに、アルバスによく似た男がここにいた事がある。でも別に諍いがあったわけじゃない。怪我が治って、彼自身の旅を続ける為にここを出ただけだ。」
アルバスを安心させるようにスーは明るく告げたが、トーマの不穏な笑みと共に残された言葉はアルバスの心に影を落とした。


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