40へ42へ

41


ジュレイドの身に何かあったのか。トーマがそれに関わっているのではないか。湧きあがる不安を振り払うようにアルバスは首を振った。今それを確かめても仕方のない事だ。ジュレイドも同じ力を持っているし、強い人だった。もしもトーマが危害を加えたのだとしても、そう簡単にやられたりはしないだろう。
「スー、力を制御する方法を教えて下さい。」
自分はトーマのような考えは持てないと感じた。力を力で抑え込めば、今度は自分達が横暴な権力者として憎まれるに違いない。
「あぁ、そうだな。中断してしまってすまない。」
スーは気持ちを切り替えるように頭を振るとアルバスを見据えた。
「この力は大地から借りて発揮するものだ。大地に感謝し自然に敬意を払う事を忘れなければ、怖れるようなものではないと解るんじゃないかと思う。」
「なるほど。この力は、争ったり他人を支配したりするためのものじゃない、生命や大地の恵みを守るためのものなんですね。」
神官に斬られた傷を無意識に治した時の事を思い出す。瞬く間に塞がった傷を見て、自分で自分を気味が悪いと思ってしまった。それではいけない。この不思議な力をまずは自分自身が受け入れ理解し、邪悪な恐ろしいものではないという事を人々に広められたらいい。頷くアルバスにスーは微笑んだ。
「人は、見た事のないものや理解の及ばないものを恐れ、排除しようとする。なら、その所以や仕組みを解き明かし、時間をかけて理解を広めていけばいいんじゃないかと思うんだ。」
少しずつ自分の進むべき道が見えてきた気がする。エルセンもジュレイドも、争いを望んでなどいなかった。自分も同じ道を行けばいいのだ。気持ちを落ち着けるよう深呼吸する。自分が持った力は、傷を治す力と雷を操る力。やみくもに使ってはいけない。それは大地を軽んじる事になるだろう。怒りや本能に任せて力を振るわないよう、制御しなくてならない。鬱蒼と茂った木々の隙間に広がる空を見つめる。晴れ渡った穏やかな空から突然雷が落ちたら、誰でも驚き怯えるに違いないのだ。自然に起きる雷でも恐ろしいのに、そんな力をどう扱ったらいいのか。強大な力の扱いに悩むアルバスに、スーは頷く。
「雷は確かに破壊的で危険な印象があるね。だけど、例えば音と光で注意を逸らしたり、正確に狙って落とせば道を塞ぐ岩を壊したりもできる。どんな力でも、使い方次第で役立てる事はできるさ。」
「俺の力は、危険なだけの力じゃないんですね。」
安堵しそっと拳を握りながら、祈るような口調で話すスーを見つめる。
「うん。大地を、他人を支配するんじゃなく、力を借り助け合う。力を貸してくれるものに等しく感謝する、そんな想いが芯にあれば、力が暴走する事は無いと思う。」
スーの言葉に従い気持ちを落ち着ける。風の音や鳥の声に耳を澄ませる。神官の横暴な権力へ冷静に立ち向かえるように、人々の恐怖や憎しみを消し去れるようでありたいと思った。
「この力は、大地の愛なのかもしれませんね。」
「あぁ、きっとそうだ。」
怒りや憎しみをずっと持ち続けるのは苦しい。だが理不尽な振る舞いを許すのは難しいのも知っている。過ちを正し心寄せ合える世界、ジュレイドもエルセンも、そしてエルセンを救ってくれた不思議な旅人ロレウスも、そんな世界を願い旅をしているはずだ。彼らの願いを達成する一助になる、それが突然力を発揮した自分の使命だと思った。
一方、アルバス達を視界の端に捉えながら、トーマは暗い目つきで集落を出る。
「スー様は、もう駄目だな。早く手を打たなくては。」

 それから数日。スーの手ほどきを受け、アルバスは少しずつ力を制御できるようになっていた。この集落で得られたものは大きい。世界を変える、そんな途方もない決意を胸に旅を始めたが、決して不可能な事ではないと思えた。スーにはいくら感謝しても尽きない。スーと今後も旅ができたら心強いと思う事もあった。だが、彼女はこの集落を守る使命がある。スーやこの集落に住む皆が、二度と追われたり襲われたりする事のない世界にするために、そろそろ旅を再開しなくてはと考え始めたある夜の事だった。突如、複数の荒々しい足音と叫び声が響き渡る。とっさに剣を掴みスーと共に小屋を飛び出すと、集落のあちこちから炎が上がっていた。
「何だ、これは……!」
鎧をまとった神官兵と集落の住民が、畑を蹴散らしながらそこかしこで戦闘を繰り広げている。炎が照らす中、血を流し倒れているのは神官兵ばかりだ。炎の塊が爆ぜる。真空の刃が舞う。重装備に身を固めた神官兵達が一瞬で血しぶきを上げ次々と倒れ伏す。劣勢を目の当たりにした神官兵が叫ぶ。
「お前達、何をしている!」
怒声を上げた神官兵が次の瞬間落雷を受けて昏倒する。集落の男が駆け寄りその首を斧で斬り落とした。一体何が起きているのか、混乱するアルバスの耳にスーの声が響いた。
「トーマ! お前何をした!」
激昂し叫ぶスーの視線の先、ゆらめく炎を見つめ静かに笑うトーマの姿があった。
「ここの事を神官共に教えてやったんですよ。罠だとも知らずに、のこのこやってきた奴らを殲滅してやっているところです。」
言葉の出ないスーにトーマは口角を上げ笑う。
「言ったでしょう? 僕らが結束すれば、無能な人間など敵ではないと。」
「何て事をしてくれたんだ!」
怒りに震えスーはトーマに駆け寄った。胸倉を掴み揺さぶる。
「私はこんなやり方は許さない。」
「だけど皆、僕に賛同してくれましたよ。ほら。」
トーマが指し示した先、樹々に身を隠した住民達が、集落へ侵入する神官兵を炎や風で攻撃し斬り伏せていく。彼らの目はこれまでの怒りと、復讐を果たせる喜びに爛々と輝いていた。アルバスは倒れた神官兵に近付く。すでに事切れ、恐怖に見開かれた目がアルバスの視界に飛び込んできた。アルバスもずっと憎んできた神官達だが、この光景にやるせなさがこみ上げてくる。こんなやり方では、自分達はずっとこの恐怖の眼差しを浴びる事になるだろう。それでは今までと何も変わらない。
「皆さん、やめて下さい!」
炎を放ちながら戦う男の肩に手をかけアルバスは叫ぶ。だが喜々として戦う男に振り払われ転倒する。倒れたアルバスの目の前に、恐怖を顔に張りつけた神官兵の首が転がってくる。やめさせなくては。立ち上がるアルバスの耳に、スーの悲し気な声が聞こえた。
「もう、手遅れだ。」
先ほど首を見たのが最後の一人だったのだろう。集落は静けさを取り戻しつつあった。炎が集落の畑や樹々を焼き、皆が暮らしていた小屋にも燃え移る。戦闘に高揚する皆の荒い息遣いが炎の爆ぜる音に重なる。
「ここに決起を宣言する。」
トーマの厳かな声に皆は歓喜の声を上げた。唇を噛み俯くスーに、トーマは軽く頭を下げる。
「スー様、お世話になりました。これからは僕が、皆を率いて戦います。」
「……勝手にしろ。」
燃え盛る集落を後にするトーマに皆が付き従い出て行った。誰もいなくなった集落で、スーは呟く。
「私は、甘かったのだろうか。」
「そんな事ないです。」
首を振るアルバスに悲し気に笑い、スーは炎に包まれる集落を振り返った。
「ここは危険だ。私達も行こう。」
どこへ、とは聞けず、アルバスはスーと共に集落を後にした。


40へ『誰がために陽光は射す』目次へ42へ