42へ44へ

43


翌朝。見送ってくれたボネカ達に礼を言い、アルバスとスーは村を後にする。細い街道に沿って二人はしばらく無言で歩いていた。スーの表情が、昨日の朝と比べると少し明るいのを見てアルバスは安堵する。これまで暮らしてきた集落を焼き払い、神官達の首をためらいなく斬り落としたトーマ達。今まで神官達から受けてきた仕打ちへの深い怒りと恨みがこもった行為だ。スーを慕っていた人も始めからトーマに同調していた人も、集落の全員がトーマについて行ってしまった。それはスーに大きな衝撃を与えたに違いない。スーは自分の力不足だと言ったが、アルバスは自分の責任も大きいと感じていた。生まれついてではなく突然この力に目覚め、更に創世神話について知っていそうな自分の存在が、トーマを刺激したのだろう。ひとりぼっちになってしまって、それでも不毛な争いを始める皆を止めようとするスーを助けたいと思った。だがそれは、ますますトーマを刺激することになるかもしれない。自分は自分にできることをやる、それがスーを助けることにも繋がるだろう。それにはどうしたらよいかと考えを巡らせる。養父エルセンのように創世神話について調べ、今まで正しいとされていたものを覆せる事実を見つけたい。エルセンから剣術ばかりを学んできた事を少しだけ後悔する。学者としてなすべき事を学べば、もっと明確な行動指針を立てられただろうに。スーはこれからどうするのだろう。憎しみのままに暴走し、それでいて冷静に知略を巡らせるトーマ達をどうやって止めるつもりなのか。
「あの人達、どこへ向かったんでしょう?」
ぽつりと呟いたアルバスにスーは考えを巡らせながら口を開く。
「すぐには行動を起こさないと思う。もっと仲間を集めようとするだろう。たとえばバーンレイツのような王国を攻撃しようとするなら、いくらこの力があっても戦力が足りないんじゃないかと思うんだ。」
「そうですね。バーンレイツなら神官だけじゃなく王宮の騎士や兵士も大勢いるから、10人足らずじゃさすがに対抗できないと思います。」
街道は山を登る道に変わり、足場も悪くなる。港町シュロンの近郊から連なる山々が陸を分断しており、山の向こうへはこの山道を越えて行かなくてはならない。陽も高くなり、滲んだ汗を拭いながら二人は歩き続ける。
「トーマ達はこっちへは来ていないようだから、私は山道をシュロンへ向かってトーマを探してみる。」
「俺は山を越えた先の街や村へ行ってみます。創世神の生き残りや神官達に書き換えられていない文献が無いか、探してみようと思います。それから、本当の父さん、ジュレイドを探してみたい。エルセンと過ごした日々は幸せだった、父さんの判断は間違ってなかったって伝えたいんです。」
「そうか。そういえば以前、ボネカから訳あり風な旅人が村に立ち寄って峠に向かって行ったって聞いたよ。アルバスに似た男性が集落を去った少し後のことだったから、もしかしたら同一人物かもしれない。」
集落にいたかもしれないジュレイドと、ボネカの村に立ち寄った男性が同一人物であれば、この山を越えたどこかで会えるかもしれない。期待が高まると同時に、「ご無事だといいのですが」と言ったトーマの暗い笑みが脳裏に蘇った。幼い記憶の中のジュレイドは強い人だった。きっと大丈夫だと小さく首を振る。
「それにもう一人会いたい人がいるんです。バーンレイツで会ったロレウスって人は、あの後どこへ行って何をしているんでしょう。」
「見たことの無い生き物を連れた二人連れ、だったね。その人達の噂は聞いたことが無いな。バーンレイツに魔王が現れたとは聞いたけど。」
「こっちへは来てないんでしょうか。あるいは街には立ち寄っていないのか。」
魔王を名乗ったロレウスは、しかし決して神話に伝わるような邪悪な存在ではないはずだ。神話について調べ、世界を変えるために旅をしていると言った。もしかしたら人目に付きたくなかったかもしれない。エルセンや自分をかばうために、騒ぎを起こさせてしまったのではないか。足場の悪い山道を息を整え登りながら、アルバスは話し続ける。
「あの人は力を発揮した俺や、神官に目をつけられてる養父さんをかばってくれたんです。なのに俺は、この力に戸惑うばかりで何も言えなかった。だから、この力のことや神話のことを解明して、あの人の力になりたいんです。」
「うん。アルバスとその人の旅の目的が同じならきっと再会できるし、共に歩めるだろう。」
スーの力強い笑みにアルバスは頷いた。
「スーがそう言ってくれると、本当にそうなる気がします。」
「そうかい? それは嬉しいね。」
微笑んだスーに、アルバスは彼女の強さを見た。できると信じて進み、他者にもそれを信じさせられること。自分もそんな強さを身につけたい。
「スーには助けられたり励まされたりばかりです。本当にありがとう。」
「礼なんていいよ。大変なことに巻き込んじゃったし、すまないと思ってる。」
「そんなことないです。この力を大切に思えるようになったし、俺が何をすべきかも、少しずつ見えてきました。スーに会えて良かったです。」
「そう言ってもらえると安心するよ。私もアルバスに会えて良かった。」
山道を歩き続けると、古びた道標が立っているのが見えた。二人の前には峠を越える道が続き、右後方はシュロンの方へ続く道が伸びている。
「ここで、お別れだね。」
「色々とありがとうございました。」
淋し気に言葉を交わす。道は違えど、目指すものは同じ。いつか、目的を果たした時には、また会えるだろう。
「全てが上手く行ったら、また会いましょう。」
「うん。それまで元気で。」
硬く握手をかわし、二人はそれぞれの向かう道を歩きだす。山道へ消えて行くスーの背を見送りながら、アルバスは深々と頭を下げた。力の使い方を学べたこと、力に対する考え方を明確にできたこと、それはこれからの旅の助けになるだろう。ゆっくりとスーに背を向け、アルバスは峠に向かって歩きだした。


42へ『誰がために陽光は射す』目次へ44へ