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足元に気を配りながら、村を出る時にボネカからもらった周辺の地図を見つめる。山脈が海にぶつかるこの場所は、山を越える道の距離はさほど長く高低差もあまりない。大人の足でも半日あまりで越えられるという話だった。アルバスの足でも一日かからず越えられるだろう。猟師や行商人などの旅人によって切り拓かれたという山道は、アルバスの背丈ほどの低い木々の間を縫うように山の向こうへとのびている。木々の向こうには細く背の高い木々が生い茂り、山を深い緑色に包んでいた。陽はだいぶ高くなり、地図をたたむと汗を拭って大きく息をついた。不審な山火事があった影響だろうか。山に住む獣たちは姿を見せない。山賊達も火事の起きた山を離れているようで、周辺に人や獣の気配は無かった。聞こえるのは風の音だけ。危険が少ないのは助かるが返って不気味で、陽が暮れる前に山を越えようと、剣の鞘で枝や石、時折飛び出してくる蛇などを払い退けながら足を早める。山を越えると森が広がっている。森から街道が延びており、街があるのはかなり先だ。明るい内に山を越え、裾野の森で夜を過ごす方が安全だろう。これからの事を考えながらアルバスは足を進める。実の父ジュレイド、不思議な旅人ロレウス、彼らを追って創世神話の真実に迫る事はできるだろうか。この先にあるエインメースという街は比較的大きな街だと聞いたが、欲しい情報はあるだろうか。隠された事実、未知の街、世界はまだアルバスの知らない事で溢れている。新しい事を知る楽しみを教えてくれた養父エルセンは無事だろうか。おそらくエルセンもバーンレイツを出て旅をしているはずだ。一人で旅立ってしまったアルバスを心配し、探しているに違いない。学者であるエルセンと共に行けば、神話の真実へ早く辿り着けるかもしれない。だが、バーンレイツで騒ぎを起こしてしまった時、エルセンも魔王の仲間だと疑われた。もともと、神話に違和感を抱いて調査し神官から目を付けられていたのだ。アルバスと共にいればまたエルセンを危険にさらしてしまうだろう。まだ、エルセンに会ってはいけない。もっと創世神話に関して確かな情報を集めてからだ。考え事をしながら歩き続け数刻、ふいに視界が開けた。足を止め辺りを見回す。緩やかな下り斜面の先、山の裾に森が広がっているのが見える。森からのびた街道は少しずつ大きくなって、海に沿うように続いている。その先、遠くの方に街の門がかすかに見えた。あそこがエインメースの街なのだろう。バーンレイツほどではないが歴史ある街だという。創世神話について何かわかるだろうか。傾いていく太陽と競うようにアルバスは山道を下る。暗くなってしまう前に山を下りなくては。山裾へ近づくにつれ、森から連なる大きな樹々がアルバスの視界を狭める。周囲に気を配りながら足を早めた。さらに数刻かけて山道を下り、ようやく平坦な道に立った時には、太陽は地平線の向こうに消えようとしていた。鞄から小さな松明を取り出して火を灯し、森の道を進む。明るい内に峠からこの森まで抜けるのは不可能なのだろう。峠越えをした多くの旅人もこの森で一夜を過ごしたらしく、たき火の跡が点在しているのが見えた。
「久しぶりに野宿か。しょうがないな。」
道を少しそれ、大きな木の下に比較的新しいたき火跡を見つけ鞄と剣を置いた。たき火の跡に、枯れ葉や枝を集めて置き松明の火を移す。小さな古布を敷いて腰を下ろした。ボネカにもらった保存食の中から干し肉を少し食べ、大きく息をつく。どんな街かわからないが、エインメースを目指すべきだろう。情報を集めるのに、人目を避けてはいられない。スーが作り方を教えてくれた、髪を染める染料を早目に用意する方がいい。山道を歩いて疲れているが、神経が昂り眠れそうにない。この周囲でも染料に使う植物があるかもしれないと思い立つ。すっかり陽が暮れているが、樹々の隙間から月明かりが射している。眠れぬまま悶々としているくらいなら身体を動かそうと、スーがくれたメモと松明も持ち立ち上がった。寝床に決めた場所からあまり離れないよう気をつけながら周囲を探索していると、少し先の木の下に人影が見えた。思わず傍の木に身を隠し息を潜める。アルバスと同じように、夜を森で過ごす旅人だろうか。だが向こうもアルバスに気付き警戒しているようだ。身を潜めながら様子を伺っていると、人影が誰かを呼ぶような動きをしているのが見えた。まさかこんな所にまで神官がいるのか。もしもあの人影が神官なら逃げる時間を稼がなくてと、指先に神経を集中させる。ごく小さな雷を呼べるように息を整えていると、新たに現れた人影が荒々しい足音を立て近づいてくる。
「サティーユ、大丈夫か!? 貴様、サティーユに近づくな!」
叫んだ新たな人影は、アルバスが隠れていた木へ剣を振り下ろした。


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