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神官は殺気をまとったままロレウスに近付く。
「裏切り者ヴァルジールの息子だな。お前達のような異形にこの大地は渡さない。この大地は我らのものだ。」
「何か勘違いしているようだな。大地は生けとし生ける全ての者の為にある。」
巡礼者らしき年輩の男が歩いてくるのが見え、神官は声を潜める。
「我らの長はもうじき力を取り戻され完全復活を遂げられる。長が目覚められれば貴様の野望など粉砕してくれよう。」
「その前に私が長を討ち滅ぼしてやる。」
「我らがいる限りそのような事はさせん。今度こそ魔界もろとも消滅させてやる。」
神官はロレウスとレイシェルにも憎悪を込めた眼差しを送ると踵を返し歩き出す。歩いてきた年輩の巡礼者に微笑みかけ何事か話している。先程まで見せていた殺気はかけらも無い。巡礼者は神官が神そのものであるかのように、感激の涙さえ浮かべ神官と話し込んでいる。
「行こうか、レイシェル。もうここに用はない。」
険しい表情で踵を返すロレウスをレイシェルは追う。
「今の神官、一体何者なのですか?」
「長の側近として父と戦った一族の一人だ。人間に紛れて暮らしているようだな。恐らく眠りに就いている長を守るべくこの地に残ったのだろう。他にも何人かいるようだな。あいつらが偽りの神話を伝え、レイシェルのような魔力を持った者達を苦しめている。」
怒りをあらわにするロレウスにレイシェルは問い掛ける。
「彼らは何故、あんなにも魔力を持つ人間を憎むのでしょうか?」
「自分達創造主が絶対の存在であると知らしめておきたいのだろう。反乱を起され、自分達の権威が地に落ちるのが怖いのだ。」
「反乱だなんて。そんな事、考えた事もありません。」
首を振るレイシェルにロレウスは頷く。
「そうだろうな。だが奴らにとっては自分達が生み出した人間が、同じ魔力を持っているのは許せない事だし、想定外に起こった恐ろしい事なのだ。自分達は完全な存在だというプライドもある。だからその原因を探ろうともしないまま、彼らを忌避し排除しようとしているのだ。」
ロレウスの言葉にレイシェルは思い当たる節があるのかぽつりと呟いた。
「自分が生んだ者でも、原因の解らぬ力を持っている事は恐れの対象となるのですね。」
恐らくそれはレイシェルの親達の事を言っているのだろうと感じロレウスは胸を痛めた。力は必ずしも遺伝するわけではない。魔界には魔力を持たずに生まれてくる者もいる。だが彼らが魔界で異端視される事など無かった。生みの親に恐れられ疎まれる事は、どれほどの絶望をレイシェルに与えたのだろう。偽りの神話が伝えられたこの世界では、子供が魔力を持っているとわかれば親も苦悩するに違いない。だが、それでもその子を守らなくてならないのではないだろうか。レイシェルの言葉からは、守られた記憶など無い事がわかる。一族を討ち滅ぼしても、長い年月をかけて伝えられた神話に基づく人々の価値観を変える事は難しいだろう。一族の過ちを正し、誰もが恐れられたり追われたりする事なく暮らせる世界を作る事がヴァルジールの望みであり、創世神の一族の血を引く自分のこの地における役割だと感じた。
神殿を出てイルを厩から連れ戻すと、ロレウスは門番をしている老神官に声をかけた。
「ここ以外の聖地を回りたいのだが、場所を教えてもらえないか?」
「お若いのに感心な事です。今地図をお持ちしましょう。」
老神官は微笑みを浮かべ地図を取りに門の傍の小屋へ入っていった。程なくして一枚の地図を手に戻ってくる。広げた地図の上側、北にあるクーファンと書かれた大陸の森林地帯を指差す。
「今いるのはここですな。聖地は全部で5箇所、ここから一番近いのは海峡を越えた南東のレビアス大陸にある聖地ですな。」
森林地帯の右下、クーファン大陸の南東の一角を指し老神官は言葉を続ける。
「ここのリスヴィアという港町からレビアス大陸への定期船が出ております。」
老神官は地図を丁寧に折り畳みロレウスに差し出した。
「この地図は差し上げましょう。他の聖地にも印を打っておきましたゆえ。そなたらの旅に神のご加護がありますように。」
地図を受け取りロレウスは老神官に礼を言うと、イルの手綱を引き神殿を離れていく。神殿が見えなくなった所でレイシェルを抱き上げイルの背に乗せる。
「ロレウス。自分で歩きますから、降ろして下さい。」
レイシェルの言葉にロレウスは首を振った。
「長の護衛達が私を狙ってくる。今までよりも危険な旅になるだろう。イルの背にいれば多少は安全だ。」
歩き出しながらレイシェルを見上げそっと微笑む。
「これからは守られる事も覚えた方がいいぞ。レイシェルはもう一人ではないのだ。」
ロレウスの言葉に戸惑った表情を浮かべるレイシェル。何故ロレウスはこれ程までに自分を丁重に扱うのか疑問なのだろう。イルの手綱を引いて歩くロレウスは背中にレイシェルの強い視線を感じていた。レイシェルがロレウスを信じるには時間がかかるかもしれない。彼女を迫害してきた人間とは容姿も立場も異なるロレウスだが、だからといってすぐに信用を得られはしないだろう。自分を見つめるレイシェルを安心させるかのようにロレウスは背筋を伸ばし歩く。心を、運命を委ねてくれるように、そのためにも自分は強くあらなくてはならない。レイシェルの信用に値するように、そして彼女のすべてを受け止められるように。それは、魔界にいた間救えなかったレイシェルのような生い立ちの者への償いでもあり、魔界を統べる自分の義務でもある。亡き父との約束、今まで支えてくれたギャバン達への働きに報いるためにも、必ず目的を果たなくてはならないとロレウスは決意を新たにした。


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