秋人達は野崎の言う革命活動の話を聞かされた事があった。しかしそれは、危険思想に満ちた理想を掲げ、平穏な国民の暮らしを脅かす集団であったというものであり、政府は国民を守る為にこれと戦ったと言う話だった。秋人がそう口にすると、野崎は不愉快な顔で話を続けた。
「そんなものは政府が都合良く作り変えた話だ。真実は違う。政府の連中とはそういう奴らなのだよ。だから私は復讐を誓ったのだ。そのためには完璧な武力が必要だ。私は考えた。完璧な武力とは何か。そして結局は敗北した我々と政府の戦いが5年間も続いたのは何故か。そうして一つの仮説を出した。コンピューターだ。我々の中には私も含めコンピューターを扱える者が何人かいて偽の情報を流したり、政府のコンピューターを改竄する等して奴らを翻弄させることが出来たのだ。そこで指名手配を受けていた私はアメリカに密航した。本格的にコンピューターの勉強を始めたのだ。博士号も取って研究を進めていく内に、AIに復讐達成の可能性を見た。情報戦はもちろん、実戦闘をさせてもAIならば権力を振りかざすしか能の無い奴らの力なんかに潰されないのではないか。そして私は技術者を数人連れて帰国しこの研究所を設立したのだ。向こうで事業を一つ成功させていたから資金には困らなかった。その頃には政府の連中もAIの有効性に目を付けていたようだ。ここを開いてしばらく経った頃、政府の人間が面会を求めてきた。そしてこう言ったのだ。『君の技術が我々の役に立つか見てみたい。AIを持つロボットを一体作って見せてくれ。』とね。私ははらわたが煮えくり返ったよ。何故私が貴様らのためにロボットを作らねばならんのかと。無視して研究を行っていたのだが奴らは定期的に進行具合を確かめに来る。私が承諾したものと思い込んでいるらしい。おめでたい事この上ないが奴らは利用できるだろうと考え直して完成したロボットを見せてやった。その精度の高さに連中は大喜びでね。『資金援助をするから秘密裏にAI兵器を作ってくれ。』と言ってきた。私は快諾したよ。自分達を滅ぼす道具を作らせる為に援助をするなど、いかにも愚かな奴ららしくていいではないかと思ってね。」
口元を歪めて笑いながら語る野崎に聡一は口を開く。
「しかし、今の政府はあなたが戦っていた頃の政府とは違うものでしょう。今の政府に復讐するのは筋違いですよ。」
野崎は歪んだ笑みを浮かべたまま聡一に視線を移す。
「それでも、政府の意識はあの頃と全く変わらん。放っておけばまた奴らは同じ事を繰り返すに決まっている。現に奴らは兵器の制作を依頼してきている。もう私は罪の無い者が血を流す様を見たくはないのだ。その為にもこの腐った政府は叩き潰さねばならん。そして機械ならばただ壊れるだけだ。尊い血を流すことなく革命を成就させられる。そうして一科学者である私が国を治めていれば、二度とあんな事は繰り返させん。私は国を手中にして支配したいのではない。腐った政府に支配されている国民を解放したいのだよ。」
悲痛な顔に変わった野崎の表情に村上の表情が緩む。
「あなたが私利私欲で国を手中にしようとしてるんじゃない事はわかったわ。あなたの心を復讐で凝り固まらせた当時の政府も憎い。けれど今私達は平穏に暮らしているの。政府に支配されているなんて感じた事ないわ。目を覚まして下さい。」
秋人も哀れむような視線を送る。
「あんたの時間は40年前で止まったままなんだ。あんたの過去がどれだけ重いものなのか俺にはわかり得ない。でももう自由になってもいいんじゃないか? あんたがいつまでも過去の戦いに縛られて復讐するなんて事をあんたの仲間は願ってないと思うぞ。」
2人の言葉に野崎はそれまでの冷淡さが嘘のように目を見開き激昂した。
「では何故私は生き残ったのだ! 何かを成す為ではないか! 私に皆が革命の成就を託していったのだ! 私ならその力があると信じて! 革命を、復讐を、成功させる事が残された私の使命! 同情を受ける筋合いなどない!」
気分を落ち着けるように野崎は肩を揺らし大きく息をつく。白石と根本が心配げにその背をさする。
「大丈夫でございますか。」
2人に頷くと野崎は冷淡さを取り戻し秋人達を見据えた。
「だいぶ余計な事を喋ってしまったようだ。さぁ、無意味な時間は終わりにしよう。君達には消えてもらうよ。まだ私の計画を世間に知られるわけにはいかないのでね。」
野崎はリンの背を軽く押して命じた。
「綸、最初の任務だ。この3人を消せ。やり方はお前に任せる。」
「命令を了解しました。状況は極めて有利。お望みの結果が出せるでしょう。」
冷たい声音で応えゆっくりとリンは秋人に歩み寄る。
「リン、俺だよ! 秋人だよ!」
秋人の前に立つとリンは冷たい笑みを浮かべた。
「わかっていますよ、桜井秋人さん。」
秋人はリンの腕を強く掴み必死に揺さぶる。
「そんなのわかってるなんて言わねぇよ! 思い出してくれ!」
冷たく歪んだ笑みを浮かべたままリンは応える。
「えぇ、思い出しましたよ。私は4ヶ月程の間、あなたの元に保管されていた。」
「そうじゃねぇよ! その間のお前自身を思い出してくれって言ってるんだ!」
必死に叫ぶ秋人に村上が口を開く。
「無駄よ、桜井君。記憶を抹消されてしまったら、それを取り戻す術は無いわ。あなたにもわかってるはずよ。」
リンのプログラムを開いた時に、抹消された記憶や情報を復元する機能はリンには無いという事は秋人も聡一も確認済みだった。だが今は、秋人の感情がその事実を思い出す事を拒んでいた。手が白くなるほど強くリンの腕を掴んだまま秋人は尚も叫ぶ。
「リン、俺の傍にいてくれるって約束したのも忘れたのか!」
「そこまでは覚えていませんねぇ。さぁ、もう無意味な問答はやめましょう。」
「リン……!!」
秋人が何か言おうとした瞬間、リンは秋人の腹部に膝蹴りを叩き込んだ。
「ぐぅっ……、リン、何を……。」
苦しげに呻いて膝をついた秋人をリンは冷ややかに見下ろす。
「任務遂行の邪魔をしないで頂けますか。その手を離してほしいんですが。」
苦しげな息をしながらも秋人はリンを見上げる。
「放す、もんか。言ったろ、『お前が望まなくても、俺はお前の傍にいる』って。」
リンは無言のまま再び秋人に蹴りを喰らわせた。秋人は小さく呻き声を上げたが、リンの手を放しはしなかった。
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