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「これはどういう事だろう? どうしてリン君にこの知識を与えていないんだ?これはもしかすると……。」
思考に沈んでしまった聡一に秋人は苛立って声を掛けた。
「一人で考えてないで教えてくれよ。何についての知識をリンは持ってないんだ?」
聡一は秋人を振り返り考えをまとめながら話し始める。
「戦争だよ。過去の戦争の歴史だけでなく軍だとか兵器だとかテロ、クーデター、その他戦争に関わりの深い事。他の事に関しては詳しい知識があるし、新しい情報はどんどん書き加えられていくようになっているのに、戦争の事は全く書かれていないし情報を与えようとすると入力を受け付けなくなる。それにリン君が持つ機能の一覧にも多くの空白があった。これを合わせて考えると、抹消されたデータと機能は戦争や戦闘に関わるものだというのは考え過ぎだろうか。つまりリン君は軍事目的で作られたのかもしれない。」
「何だって?」
秋人は顔面蒼白になりかけて呟いた。考えられない事ではなかった。口元を覆った手は衝撃に震えていた。聡一も信じたくないといった様子で口を開く。
「僕だってそんな事思いたくないさ。こんな優しげなリン君が軍事目的のAI兵器として作られたなんて。でもそう考えると合点のいくことも多い。」
小さく首を振りリンを見つめた。華奢で不安げな瞳をしているリンが軍事目的で作られたなんて信じたくなかった。秋人は無理に明るく言ってみせた。
「リンにそんな物騒な知識や機能なんか必要ないって後から削除されただけじゃないのか? アニメじゃないんだから、こんな華奢なリンが戦うなんてできるわけないよ。こんな優しいリンが兵器だなんて。」
聡一もリンに視線を移す。
「だけどリン君はアンドロイドだ。体型と戦闘能力の関連は薄いだろう。それに高ストレス状況での戦闘や巡航ミサイルみたいな自動兵器を使用するとなるとAIはうってつけの武器になるんだろう。それにリン君の性格はここでの、お前との生活で形成されたものだろう。今の記憶を消してしまえば、ここにいるリン君ではない彼が生まれる可能性も大いにある。それに……」
言葉を切ると聡一は画面を操作しファイルを呼び出した。画面には「搭載機能一覧」と表示されている。
「これはリン君に搭載された機能の一覧表だ。ファイルナンバーをクリックすればその機能の概要を見る事ができる。ここも実に空白が多い。ナンバーがバラバラな事から考えて、元から空白だったんじゃなく誰かが故意に削除したんだろう。戦争に関する知識も無い事からここには戦闘用の機能があったと推測される。」
否定したいがその要素も見つからず、秋人は呆然と聡一の言葉に頷くだけだった。聡一は誰に対してでなくぽつりと呟く。
「AIを兵器として利用しようという発想がある事は知ってる。でもまだそこまでの技術は無いと思ってた。けどリン君のような完璧なAIが予想を遥かに上回る早さで完成していた。これを軍事利用しようと考えない奴がいないわけがない。」
秋人はふと疑問が湧いて聡一に視線を移す。
「じゃあ、リンの記憶や機能を消した人間ってのは何者なんだ? 何の為にそんな事をしたんだ?」
聡一は秋人を振り返り考えを巡らせながら口を開いた。
「推測でしかないけど、リン君の人格ベースを見るととても軍事利用するAIの人格とは思えない。だから、このベースになった人物は自分が参加したプロジェクトが恐ろしい目的を持っていたと知って、それにまつわる知識や機能をリン君の記憶ごと消してしまったんじゃないだろうか。それに戦争や軍事にまつわる知識を入力させないようになってることから、その人物はコンピューターに造詣があってAI兵器に反対している人物だと考えられる。それならリン君の行動原則が作られた時のままだった事も納得がいく。制作目的がどうあれ、機械を人間に従属する道具だと考えている事に変わりは無いからね。」
呆然としている秋人の手を叩き聡一はきっぱりと言った。
「でもこれはあくまでも推測に過ぎない。しっかりしろ、桜井。リン君の事を守ってやるんだろう。これが事実なら一番苦しむのはリン君なんだ。」
推測に過ぎないとはいえ、おおよそ当たっているだろうと秋人も聡一も思った。秋人は聡一の目を見返す。
「あぁ、わかってる。リンは俺が守る。リンを兵器になんかさせない。」
秋人はリンを見つめた。初めて自分以外の存在を守りたいと思った。もし本当にリンが軍事目的で作られたのなら、その組織からリンを守るのは決して簡単ではない。追い詰められた方が強いなどと言っていてはリンを守ることは出来ない。
「リン、お前の事は俺が絶対に守る。誰にもお前を道具として使う権利なんか無いんだ。俺がそんな事させないから。」
聡一はショックから立ち直った様子の秋人に安心すると他に情報はないかと検索を再開した。しばらくして気になるものを見つけた。先程は気付かなかった隠しコードの存在だった。他のコードに影響を与えないよう慎重にそこへアクセスする。すると「登録ID」と書かれた一連の数字が現われた。聡一は秋人にリンが持っていた登録証の番号を確認する。それは画面に現われた登録IDとは違っていた。
「この数字は何だ? 登録IDってこの登録証とは違うのか?」
聡一はキーボードを打ちながら答える。
「それとは違うものだな。リン君が作られた研究施設で発行されたIDじゃないかな。その登録証のIDは役所がリン君の存在を認める為に発行したものだからね。もしかしたら、ここからリン君が作られた施設へ侵入出来るかもしれない。」
「クラッキングかよ? おいおい、あんまり危険な事に手ぇ出すなよ。」
秋人は不安になって聡一の肩を叩く。クラッキングは重罪である。二度とコンピューターに触れなくなるのはもちろん、侵入先によっては国家反逆罪に問われる事もある。
「リンは軍事目的で作られたかもしれないって言ったばかりだろうが。そんな施設へ侵入するなんて危険すぎる。」
聡一は表情を引き締め答えた。
「それでも調べてみる価値はあると思う。リン君を守る手助けになるかもしれない。敵になるだろう相手なら情報を得ておかなきゃいけない。大丈夫さ、僕が天才ハッカーと呼ばれていたのを知ってるだろう。」
危険だとは聡一も充分わかっていたが、止めておこうとは思えなかった。機械に造詣が無い秋人の力になってやりたいという気持ちと、完璧なAIを作り上げた施設の事を知りたいという科学者としての性もあった。聡一の気持ちを察した秋人は諦めたように頷いた。
「わかったよ。充分気をつけてくれよな。相手の正体はわかってないんだから無茶するなよ。俺のパソコンなんだから捕まったら罪に問われるのは俺なんだぞ。」
「心配するなって。僕はそんなへまはしない。では始めよう。何かあったらパソコンを強制終了させてくれ。」
聡一は画面に目を戻しキーボードを叩く。秋人は不安げな顔で聡一の作業を見守っていた。やがて画面に新たなデータファイルが表示された。聡一は満足げに頷く。
「よし、成功だ。これはリン君が作られた施設のホストコンピューターだ。」
聡一はファイルを開いて暗号化された中身を解読しながら秋人へ説明する。
「この施設は郊外にある小規模な研究所らしい。AIを持ったアンドロイドやロボットを医療や看護に利用する為の研究をしているようだ。ただ、これはどうやら表向きの目的に過ぎないみたいだね。この資金源リストを見てくれ。大物政治家や大企業の名が連なってる。投資額も小規模な研究所へのものではない。政治家や大企業がAIの医療利用の研究にこんな莫大な金額を、しかも小さな研究所へ投資するだろうか。この研究所とスポンサー達の真の目的は何か?」
そこまで聡一が言った時、相手のコンピューターが警戒音を発した。クラッキングに気付かれたらしい。
「もう気付かれたか。しょうがない、撤収だ。」
落ち着いた様子で聡一は秋人へ指示を出す。データの渦から抜け出した瞬間に秋人はパソコンの電源を落とした。大きく息を吐いて秋人は聡一を見遣る。
「思ったより早く気付かれたんじゃないか? どうしたんだよ、天才ハッカー。」
パソコンを再起動しリンの内部機関に異常が無いかを確認しながら聡一は落ち着き払って答えた。
「あっちの警戒システムが優秀だっただけの事さ。まぁ、機密保持の観点からすれば当たり前の事なんだけど。ネットポリスには捕まらないさ。それはさておき、あの資金源のリストは怪しいぞ。政治家や大企業がAIの研究に多額の資金援助をしている。しかも大規模な研究施設じゃなく小さな研究所だ。その目的は何か。本当に医療利用の為だろうか? ならばネット上に堂々と施設のスポンサーとして公開すればいい。でも公開されていたのは医療関係の企業からの投資だけだった。公開出来ない理由でもあるのか? 資金援助が始まったのは昨年からになっていた。企業は恐らく政治家と裏で繋がりがあるんじゃないかな。政治家達はそれをバックに投資をする。それを元にリン君が作られている。」
確認を終えて聡一はリンを見つめた。
「リン君の生まれた背景に政治家がいるって事は、やっぱりリン君はそういう目的で作られた可能性が高い。」
秋人もリンを見つめた。華奢でいつもどこか不安げな目をしていたリン。「俺が守ってやる」と言った時の嬉しそうなリンの表情を思い出し秋人は口を開いた。
「絶対にリンをそんな汚い事に利用なんかさせない。綺麗な心を持ってるお前を人間の下らない欲望なんかで汚させはしない。」
秋人の言葉に頷き聡一はリンとパソコンを繋いでいるコードと2つの装置を取り外した。リンはゆっくりと目を開ける。今までの秋人達の会話は聞こえていないようだった。


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